17.脱出
その日、ブルーガ・アートラッド率いる騎兵が、行政府を包囲していた。このオノガル国で、唯一の武装集団による、行政府への圧力だ。
「出てこい! エグニス! ウェリオ! いい加減、もううんざりである! 白黒はっきりつけようではないか!」
武人として力で話をつけようと、ブルーガが圧力をかける。しかし行政府は一切の門を閉ざし、摂政のエグニスも、第二王子であるウェリオも出てこない。無理やり踏み破れば、自身の評価を落とすために、ブルーガもそれができない。双方ともストレスの溜まるにらみ合いがつづく。
その様子を城の上から眺めるのはユウエンだ。
「やれやれ……。やっぱりブルーガ兄さんがキレたか……」
ユウエンも笑みを浮かべる。第三王子である彼は、この争いで漁夫の利を得られる立場であり、共倒れ、もしくは双方が力を落としてくれることを祈っている、そんな雰囲気もあった。
そんな折、城から緊張感高まるブルーガの軍に歩いて近づく、二つの人影があった。ユウエンも驚く。それは第五王子のシンラと、その家庭教師役であるアダルナだったのだから。
「やぁ、ブルーガ兄さん。久しぶり……。初めまして、かな?」
母違いの第五王子の顔を、一応は憶えてくれていたみたいだ。ただ、馬上から下りることもなく、冷たく見下ろしながら「シンラ……。何しに来た?」
「ちょっと世間話をしに来たんだよ。上では、エグニス伯父さんと、ウェリオ兄さんも聞いているだろ?」
声を張り上げるのも大変だけれど、二階の窓から、二人とも聞いているはずだ。オレも意を強くして語りだす。
「嫌疑をかけられ、腹立たしいのは分かるけれど、これはブルーガ兄さんも悪い」
「何だと⁉」ブルーガが気色ばむと、騎兵部隊にも緊張が走る。いくらアダルナが護衛としてついていても、それだけの数の騎兵に蹂躙されたら、十歳程度の子供なんてひとたまりもないだろう。でも、オレはつづけた。
「あのソドムの森。あそこはね、密輸、密航の拠点なんだよ。つまり、ヤルハンはその密輸、密航の現場に遭遇したのさ」
ブルーガが目を怒らせてオレを睨みつける。ただ、ここで逃げだすぐらいなら、最初から出てきたりはしない。
「ヤルハンは、その密輸船が来ているときに、運悪く通りかかった。否……、そう仕組まれた。あそこで密輸集団とトラブルになったことも、罠だったかもしれない。犯人たちが死体を残して逃げたことも、そうせざるを得なかった……のかもしれない。
これまでは、行政府と自らの屋敷とを往復する際、護衛をつけていたんだろ? それをしなかったことも、犯人が仕組んだのかもしれない」
「しょ、証拠はあるのかッ⁈」
「ないよ」
オレはあっさりとそう応じた。「でも、状況証拠は間違いなく、そう伝えている。ブルーガ兄さんが、これまでに密輸を取り締まっていたら、今回の不測の事態は起きなかった、と」
オレは二階を見上げる。
「何で密輸なんてことが、平然と行われていたのかな? 行政の立場なら、気づかないはずがないよね?」
物資が行政の管理の枠外で、増えたり減ったりするのだ。それは国の収支にも影響したはずだ。
「今回の件、偶発的に起きたことは間違いないと思う。でも、どこかで誰かが、その甘い汁を吸い、お目こぼしをかけ、そうしたことが招いた事件……。そう思えてならないんだ。
真に咎められるべきは、そんな状態を放置していた奴ら。それと、それを利用して哀れなヤルハンを嵌め、殺害させた奴……だろ? それって、誰なんだろうね?」
ブルーガも、もう威嚇してくることはなかった。行政府の二階から見下ろしている連中も、バタバタしている。
オレが投げかけたものは大きかった。みんなが、何となく心につっかえていたことを、言葉にしてみせたのだ。
ただ、それは別の意味で緊張を高めた。トップの心が鎮まっても、下に仕える者にとっては、組織が瓦解しないよう、ケリをつけようとする。こういうときに暗殺するリスクが高まるのだ。
騎兵のどこかから矢が放たれ、それが真っ直ぐオレへと向かっていた……。
ミノスの港町――。
オレはそこに、アダルナとミケア、それにユイサとともにいる。
あの瞬間、アダルナの魔法が矢を防いだ。ずっとアダルナは警戒し、不測の事態に備え、水魔法の準備をしていたことでそれを防ぐことができた。そしてすぐに、その場から退いた。とどまっていても、何が起こるか分からない、そんなムードに充ちていたからだ。
そして、事前に申請しておいた、ギヨンドワーナ国の国立図書館への視察旅行に、こうして向かおうとしていた。
何より、ほとぼりを冷まさないといけないし、オレが行ってみたい、と思っていたからだ。
その申請を、摂政であるエグニスが了承してくれたのも、いずれにしろオレがいては困ることがあるから、と理解した。子供っぽい正義感で、しゃしゃりでてきたオレはただの有難迷惑。ブルーガを止めてくれたことには感謝しても、その正義感が自分たちに向かってくる可能性もある。
要は、体のいい厄介払いをしたかったのだ。オレもそれを理解し、それを望んで申請をだしたのだ。
そして、ここにもう一人いた。
「お兄様、随行の任、命じていただき、ありがとうございます」
〝兄さん〟から〝お兄様〟に格上げされている。それは第七姫の、ロデーヌだ。彼女は一つ下の母違いの妹であり、本好きでも知られる。ギヨンドワーナの国立図書館に行ってみたい、という言葉を憶えていて、一緒に行こうと誘ったのだ。それは、エグニスが了承しやすいように……との配慮もあってのことだけれど、彼女は誘うとすぐに同意した。
そしてもう一人。「私もついていく!」というのは、宿屋で働くルルファだ。
彼女の言葉がヒントになったこともあり、これはご褒美。そうして六人で、この港町に立っていた。
「あの船?」
立派な帆船がそこには停泊していた。しばらく見聞の旅にでる、知見を広めて、この世界でよりよく生きる。そのときは意気軒高、旅の高揚感とともに、それだけのことだと思っていた。
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