14.王族殺人
「今からオノガル正規兵団の、定期巡回である!」
そう宣言があると、城からブルーガ将軍率いる、騎馬隊が隊列を組んで、城門をでていく。
こうして町に騎馬隊を走らせれば、嫌でも第一王子であるブルーガが後を継ぐ、という認識が人々の間にも浸透する。
ナロワ家と婚姻関係をむすんだことで、古参の貴族たちから総スカンを食った立場としては、国民の人気を得て、後継レースを有利に働かせたい、という思惑もあるのだろう。
オノガル国では貴族と言っても城をもつわけではなく、町に暮らす。それなりに邸宅も大きくて、その生活を支えるため、ほとんどの貴族は軍人として国に仕える。そして貴族院という形で議会を開催、王を承認したり、国の政策にも携わる。だから第一王子であるブルーガが将軍として貴族とより多く接し、気心が知れるからこそ後継レースのトップであることに変わりない。ただ、貴族との関係に、依然としてヒビが入ったままであることで、後継レースが混沌とするのだ。
ナロワ家の息女、ハーミナは美貌に関してオノガル島一とされる。ただ性格はややきつく、逆に豪胆で知られるブルーガとの相性がいい、とされるほどの、似たもの夫婦である。
若いころから武人として従軍していたブルーガと、このシンラ王子はほとんど接点がないそうだ。母親も異なるし、第三王子のユウエンのように、人当たりもいいと上にも、下にも話ができるだろうけれど、ブルーガはそういったタイプではない。オレも彼と接触することは諦めた。
第二王子のウェリオも行政官として忙しい。彼の妻は町人の出のアン・ヘドルトという。町人といっても行政に携わっていたので、いわゆる職場結婚だ。これは、王族としてみると、かなり珍しいことにあたるのだそうだ。
町人の出でも妻になれるが、第二、第三であり、そうでなければ愛妾――。オレがどこの馬の骨とも知れないミケアを愛妾として評判を落としたように、彼のそれは第一夫人としてなので、余計にダメージが大きい。
「あら、ヤルハン様。珍しいですね。昼にお城を出られるのですか?」
ヤルハンは、オルラ王の弟、摂政であるエグニスの息子であり、優秀な行政官として父親を補佐する立場だ。真面目で堅物、そんな人物が仕事中であるはずの昼間に城をでるのは珍しいことで、それをウェリオの妻、アン・ヘドルトに見咎められ、彼も頭をかく。
「母が病気だと連絡がきて、様子を見に行くところです。あの気丈な母が、伝令をしてきたことが気になって……」
「まぁ……。父君は知っていますの?」
「父にはまだ伝えていません。私が様子をみて、それを父に伝えようと思っていますので」
「そうですか……。心配ですね。気をつけて行ってらっしゃいませ」
アンにそう言われ、ヤルハンも会釈をしてその前を通り過ぎる。今は一刻も早く、自宅へ戻ろうと思っており、王族といってもオルラが王位を継ぐ今となっては、エグニスの一家が城に住むことは許されていない。
そのため、城からそう遠くない位置に屋敷を建てて暮らしており、往復をしても三十分とかからないはずだった。
しかし、ヤルハンが城にもどることはなかった。彼は無残にも、道の途中で剣によってめった刺しにされていたからだった。
王族が刺殺された……。それは少なからずオノガル国に衝撃を与えている。いくら後継候補として、正式に認められていないといっても、国家の第二位の摂政の息子である。
しかも、母親の病気といって呼びだされたと、アンからの証言もあったが、母親は健常であり、どうやら詐術によって呼びだされたらしく、だまし討ちのような形であったことが、余計に深刻さを伝えていた。
つまり、王族が何らかの犯罪によって弑殺されたのだ。オノガル国では、基本的に軍隊が警察の役目も兼ねる。しかし、ここにも大きな問題があった。この国では民間人に、武器の所有がみとめられていない。つまり、剣をもっていないのだ。ヤルハンが剣でめった刺しにされていた……ということは、剣をもつ職種……軍人が関わっていると思われた。
そのため、国家が紛糾しているのである。王族殺しを、如何にして、誰が捜査するのか?
「いいんですか? 国が大混乱しているときに、こんな……あッ♥」
「第五王子に何ができるって? 今のところ、やることはこれぐらいさ」
ミケアとの子づくり――。でも、オレは待っていた。
「今日、ユイサは……?」
「たまには二人だけっていうのもいいだろ?」
その日の晩、もどってきたユイサが文字にして、報告してくれる。用奴の立場である彼女は、元々読み書きできるスキルをもたない……と、思われている。でも、オレが教えた。
言葉を話せない彼女にとって、意思疎通をはかる術は必要だ。そう思って教えておいたのだけれど、ここにきて別の目的をもった。
厳戒令が発せられ、人の移動すら制限される。そんな中、何か怪しいものを持っていたら、疑われて当然だ。そこで、ユイサにお使いを頼んで町に行ってもらった。当然そこで、手紙などをもっていたら奪われるだろう。しかし読み書きできない用奴が何ももたずにいても、怪しまれることはない。お使いという役目を示すことだけが分かるよう、オレの親書をもたせておけばいいのだ。
そうして帰ってきて、オレに対して見聞きしてきたことを伝える。
「そうか……。やはり、町ではブルーガを追い落とそうとした、ウェリオ派の仕業だと噂されている……」
同じ行政官として、ヤルハンを消すことにもメリットがある。親友ともされるが、竜が並び立つことがないように、有能すぎる二人がいずれ、ぶつかることは誰の目にも明らかだった。
だから、このタイミングで消した……。動機は十分といえた。
しかし本当にそうか? 剣は兵士のそれを盗めたとしても、それでブルーガに罪をなすりつけることは難しい。町の噂も、そんな詳しい話が流れていることも不自然といえば言えた。
意図的に流された? そう、それは株式市場でもよく行われる相場操縦、風説の流布と同じ手法なのだ。
このヤルハン殺害事件、裏はまだ相当に根深いといえた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます