15.襲撃

 オレは城の中を歩いている。一触即発のぴりぴりムード。それは軍事面を担当する第一王子のブルーガと、内政官である第二王子のウェリオ、そして摂政のエグニスが三つ巴でにらみ合っている状況だから、仕方ない。

 第三王子のユウエン、第四王子のカラシュ、そして第五王子のこのオレ、シンラにとっては、首をすくめながらも様子見、と言った感じである。

「やぁ、シンラじゃないか」

 ユウエンが気軽に話しかけてきた。人当たりがよく、末弟のシンラのことも気にかけてくれる。

「大変そうだね」

「こうなると、城の外で暮らすキミの方が羨ましいよ。どこに行くのも、身に危険を感じるレベルさ」

「父さんは、今回の件で何か……?」

「何もないよ。あの人にとって、王位継承争いや、貴族の間のいざこざなんて、煩わしいことでしかない。ヤルハンが亡くなっても、弔辞の一つもださないぐらいだからね。もっとも、これまでもそうした王が果たすべき行為を、すべてエグニスや、ウェリオ兄さんが代行してきたのに、今回は二人ともそれをしないから、余計に目立つのだけれどね……」

 オレもまだ会ったことがない。オルラはそれぐらい、表に出てこない人だ。しかしこの国の一大事でも、何も動かないんだ……。それは意外でもあった。


「やぁ、カラシュ兄さん」

 そこに通りかかった、第四王子であるカラシュに声をかける。カラシュは褐色の肌に、金髪という容姿だ。王子の後継争いとして、あまり目立たないのは、体が小さくて見栄えがしないことと、頭脳の面でもあまり目立たないこともあるけれど、最大の問題は、本人が引っ込み思案で表にでてこないことだろう。

 以前、ちらっと顔をみかけただけで、今日で会うのも二度目だ。愛妾の子であることも、本人にとっては後ろめたいのだろう。

 カラシュはオレの方にちらっと視線を走らせただけで、そそくさと歩き去ってしまう。

「トイレにでも出てきたのかな? 基本、それ以外で部屋からでないからね」

 ユウエンもそういって、肩をすくめる。兄弟といっても、全員の母親が異なることもあって、ユウエンのように周りと愛想よく付き合える人間でないと、やはり疎遠でもある。

 それに、カラシュの態度をみると、父親の血を一番色濃く継いでいるのでは? と思わせ、それは興味深いものといえた。


 オレが城に来ていたのは、他でもない。アダルナに会いに来たのだ。アダルナ・マギスはオレの家庭教師であるけれど、本来は魔法使いとして城に勤務しており、最近では城にいることが多い。

 その分、オレも自由時間ができて有難かったのだけれど、ヤルハン暗殺事件以後、会えていなかった。

 ちょうど廊下を通りかかったアダルナと、偶然に会うことができた。

「シンラ王子!」

 オレを見つけると、すぐにオレの手をとって、物陰に連れていく。

「今、お城に来てはいけません。危険がいっぱいなので……」

「アダルナに聞きたいことがあって……。今回のヤルハンが殺された件、お城の中では誰が犯人か? 分かったの?」

「それは……。秘密なのですが、捜査も出来ていないので……」

「そうだろうね。剣をもっているのは兵士、それに貴族だ。誰がどう動いても、ブルーガ兄さんが怪しい、となるからね」

「それが分かっているからこそ、事態は紛糾しているんです。くれぐれも軽挙は戒めて下さい。今は隠忍するときです」

「むしろ、チャンスじゃないかな?」

「どういう……? まさか、調べる気じゃ……」

「ここで事態を上手くまとめれば、評価が高まるだろ?」

「…………。それはそうですが、危険な相手です。シンラ王子では……」

「でも、そういう場に身を晒さないと、王位継承権も得られない。だろ?」

 それを言われると、アダルナも口ごもってしまう。王位継承争いに、自覚をもってくれたのは嬉しいのかもしれないけれど、そこでオレが殺されてしまえば、元も子もないからだ。

「出る杭は打たれるかもしれないけれど、出てない杭は、腐っていずれ崩れ落ちるだけ。危ないことはしないよ。でも、いけるとなったら、協力してくれ」

 オレの真剣な表情に、アダルナも無言のまま頷いてくれた。


 こうしてオレが一生懸命になるのは、元の世界での株運用にも関わるかもしれないからだ。元の世界にもどることが前提である以上、向こうの生活が破綻してもらっていては困る。

 こちらで死んだらどうなるのか? よく分からないけれど、向こうの世界と影響し合う以上、ただで済むはずもなかった。でも、こちらでリスクをとらない限り、向こうでリスクが高まるなら、やるしかない。

 第五王子の気楽さで、ミケアとユイサを連れて、事件現場とされるソドムの森に来ていた。深い森だけれど、道も通っており、その木々のすきまに引きずりこまれ、ヤルハンは亡くなっていた。未だにその辺りには大勢が動いたような、下草が倒れた跡があり、事件現場を生々しく伝える。

「ちょうど城と、町の中間ぐらいか……。むしろ、ここから先になると、町に近づくから暗殺もしにくくなる……」

 でも、逆にいうとヤルハンだってここが危険であることぐらい、承知していたはずだ。いくら通勤時、毎日つかう道だとしても、無防備、無警戒ということは考えにくかった。

「まさか、ここでやろうとはいいださないわよね?」

 ミケアも、いつも外に連れだしては、エッチをしているので、そう警戒しながら聞いてくる。

「したいのかい? 事件現場で……」

 ミケアも激しく手を振って拒否するけれど、そのときユイサがオレにとびかかってきた。


 その瞬間、何かが高速で通り過ぎていったのを感じる。弓矢だ! オレもミケアとユイサを伴って、木の影に隠れた。

「オレのことも殺しに来た……? ユイサ、大丈夫?」

 ユイサも頷く。彼女は口がきけないけれど、その分、音には敏感だ。何かが聞こえて、危険を回避できたのかもしれない。

 矢がとんでくる方向を考えて、木を背にして逃げる。こちらは子供ばかりで、下草に隠れられるのも利点だ。無差別殺人をするつもりなら、何本も矢を放ってくるはずだけれど、そういうこともない。無事にその森を抜けて、城にもどってくることができた。








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