13.魔族

 キリ城の書庫は、かなり大量の書籍が収蔵されており、それはジュナ・アートレッドが創設した、古い国であることも影響するのだろう。元々、大陸側にも領土があり、ここは支城として建てられたらしいが、オノガル国が衰退するのに伴い、この島に追いやられた、という経緯がある。そのとき、書籍などをすべてもちだし、ここに移したのだ。

 そして、このキリ城が建てられる前から地下迷宮があった……と考えられた。なぜなら、ここに城を建てた後だと、現在までつながる人の暮らしがあったはずで、口の端にも元ここが鉱物の採掘場だった、という話が伝わっていないのは、おかしな話だからだ。

 ただしその前だと、魔王が支配する世界だったはずだ。そうなると、ここを採掘していたのは、魔族……?

 魔族に話を聞きたくなるけれど、かつて世界を席巻し、支配するほどの勢力があった……という魔族は、今一体どこに……?

 アダルナに聞いても「魔族は滅びましたよ」という。しかも「ずっと前に……」ということだ。

 その歴史を調べてみても、詳しいことは書かれていない。五英賢が魔王を倒した、という千年前の歴史は、今でもみんなが嬉々として語る。しかし魔王に従っていたはずの、魔族の動静は何も語られない。いつごろ滅びたのか? 誰によって滅ぼされたのか……?

 世界を支配していた、人類が形見もせまく暮らしていたぐらいだから、魔族の数はかなり多かったはずだ。その全員を討ち滅ぼしたのか?


 書庫にもその答えはなかった。むしろ意図的に、そうした歴史は消されているようにも感じる。

 元の世界でも、焚書坑儒はごく当たり前に起きてきた。歴史を書くのは、常にそのときの勝者の側だ。つまり前政権を倒し、それが敵対勢力である場合、歴史を書き換えるなんて、当たり前に行われてきた。以前の文化、宗教、そうしたものをすべて否定し、自分たちのそれを押し付ける。つまり魔族が行っていた文化、技術はすべて忘れ去ったか、自身に取り入れて、以前のそれは完全に、形すら残さずに消し去った、ということか……。

 では、魔族について書かれたものは? 特徴や、人種的背景、それに生息地は?

 それすらなかった。ごく一部の物語に、魔族のことが載っているけれど、それはフィクションの世界であり、実体に即しているかは不明だ。あるフィクションでは、角が生えていたり、肌が色とりどり……といったものまである。それこそメラニンの量だけでなく、カロテンやアントシアニンといった、植物の色の差を生むものを魔族はもつ、というのだろうか……?

 荒唐無稽なそうした話を除くと、魔族の全体像が見えにくくなってくる。魔法をつかえたらしいけれど、どういった魔法かは不明だ。それこそ魔王でさえ男? 女? もしかしたら両性具有といった可能性もあるけれど、それを語る記載は、非常に曖昧だ。五英賢が倒した……はずの、その五英賢でさえ、魔王について語る部分の記述は皆無といえた。


「シンラ兄さん、何をしているの?」

 書庫でそう声をかけられ、驚いてそちらを見ると、第七姫のロデーヌがいた。王子としては末子だけれど、妹は二人いて、二人ともシンラ王子とは母親が異なる。

 ロデーヌは体が弱く、またメガネっ子であり、書庫に出入りしていることは聞いていた。姫たちは全員、お城で暮らしており、後継者争いとは無縁なこともあって、その意味では安心して暮らせる。ただ、政争の結果として他国に嫁いだり、貴族の懐柔のために嫁がされたり、といった未来が待っている。決して安穏としてはいられないことも、この世界の真実だった。

「魔王と、魔族のことを調べようと思ってね。偶々、耳にして気になったから、調べていたんだよ」

「魔王? 兄さんは変なことを気にするのね」

「でも、ボクらの先祖であるジュナ・アートレッドが倒した、という魔王のこと、知りたくないかい」

「あぁ、何となく正義感ぶって、そのせいで苦悩するヒーローよりも、欲望に素直で人間味のある敵の方を応援したくなる、あれ?」

「…………ま、まぁ、そういうものだよ」

「私も以前、調べたことがあるんだけど、魔王に関して記述された本は、ここにはないわ」

「他にあるのかな?」

 ギヨンドワーナの国立図書館だったら、もしかしたらあるかもしれない。私も、一度でいいからそこに行きたい、と思っているんだけど……」

 現状、ギヨンドワーナとは戦争をしているわけではないけれど、小国家である他の国々にとって、目の上のたんこぶであることは間違いなく、友好的とは言えない関係でもあった。


「魔族について、書かれたものはないかい?」

「魔族だと、吟遊詩人の語った叙事詩をまとめた、これなんかいいわね」

 ロデーヌがもってきてくれたのは、五英賢の事跡を讃えたサーガをまとめたものだった。散文形式で、詩的に語られるものがほとんどで、その中に魔王や魔族についても書かれていた。

 ただ、それこそ詩的なものだし、五英賢を讃える形式なので、魔族についても滅び行く存在として描かれる。


 黒き風に抱かれて、谷へと雪崩を打った

 雪はその上を覆い、すべてを覆い尽くす

 凍える世界に身を縮め、わずかな熱を

 ただその世界に、求めんと欲する

 しかし世界は冷たく凍り付き、大地は

 何も与えてくれない。空は雷を降らせ、

 新しい力は彼らを虐げる。彼らの力を怖れ、

 すべてを無へと帰したように……。


 これが、もっとも魔族について詳述された箇所のようだ。恐らく人族により支配された世界で、魔族は小さくなって生きるしかなかった。否、最後は『無』という言葉がでてくるように、いなくなった……ということか? しかし『ように……』と結んでいるように、種自体の存在が無になったわけではないようだ。

 生憎と、この世界は平家物語を語り継いだ琵琶法師のような、哀愁という概念を、物語にしてくれた吟遊詩人はいなかったようだ。

 でも……。

「兄さんは以前、古代魔法について研究していたけれど、最近は魔族にその研究対象を変えたの?」

 シンラ王子が、古代魔法に興味をもっていたことは、薄々想像していた。何しろ、オレと体を入れ替える魔法を、十歳にして構築してみせたのだ。

 でも、そんなすごい魔法を使えるのなら、自身が王位への野望を抱き、自ら後継者として力を発揮すればいいのでは? それとも、シンラ王子の真意は別のところにある……のか?

 魔族の存在といい、分からないことが増えてきた。この世界、意外と一筋縄ではいかないのかもしれない……。


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