10.後継レース

 ミケアとの子づくりを終えて、オレも気分よく自分の部屋にもどったけれど、そこでふと、ポケットに小さく折りたたまれた紙が入っているのに気づく。

 それを広げて驚く。恐らくそれは、この体の持ち主の少年から、オレへの書き置きだったからだ。


 お兄さん、期待通りの活躍だね。まさか、もう愛妾をつくっているとは思わなかったよ。でも、心配しないで。ボクは何もいうつもりはないし、逆に彼女たちと関わり合いになるつもりもない。むしろ、そうして楽しみたいならご自由に……という立ち位置だ。

 どうやら魔法が中途半端で、ボクたちは体を交換しながら、互いの世界を行き来することになりそうだ。でも、そうなったことで問題も起こっている。

 ボクも君の世界のことはよく分からないけれど、君のもっていた資産が下がったのだろう? もしかしてそれは、君がそちらの世界で株を下げたことが、影響するのかもしれない。


 ……え? 株を下げた? それは暗殺犯となった、どこの馬の骨とも分からない娘を愛妾に据えたことか? 確かに、アダルナも不承不承という感じだったし、城内に知られても、あまりよい評価をうけはしないだろう。そうしたオレへの評価で、世界同時株安だって?


 二つの世界は、まったくちがうようでいて、少しずつ影響し合っている。それはボクたちが、体を交換し合えるように……だ。そして、世界がつながってしまったからこそ、君の行動が、こちらにも何らかの影響を及ぼす。ただ、ボクにもそれがどういう影響か? まだよく分からない。

 そちらで対応を誤ると、こちらでの君の立ち位置も悪くなるかもしれない。どうやら時間経過も、こちらとそちらでは合っていないようだ。いつ元の世界にもどってもいいように、そちらでの振る舞いは気をつけてくれ。

 ボクももう少し、こうなってしまった事情を探っておく。でも、君も気を付けてくれ。まだボクにも何が起こるか? よく分かっていないのだから……。


 そこで手紙は終わっていた。

 この第五王子としてのオレが、周りからうける評価で、向こうの経済が崩れるとしたら、重大事態だ。そんなことが起こり得るのか? そもそも、世界同時株安はバンGの破綻だ。オレが破綻させたわけじゃない。

 しかしそんな自己正当化をしても、オレがこちらの世界に来ている間に、それが起きたことも間違いない。今時、どこのヘッジファンドも低金利なので金融機関から金を借りまくっていて、そのため連鎖倒産が広がっている。逆に、最初に破綻したヘッジファンドが、どうしてそうなったのか……?

 今は考えても仕方ない。情報が一切ないのだ。とにかく、第五王子であるこの子の評判を落とさないようにする。今はそれしかできない。

 でも、どうやったら評価を高められるか? 魔法については、何となく仕組みをつかんで、すべての魔法を使えそうだけれど、魔力を練り上げるのは苦手だ。つまり大きな魔法はつかえないので、汎用性だけを誇ったところで、評価を上げることはできそうにない。

 王としてふさわしい人格? そんなもの、まずこの世界の常識を憶えるところから始めないといけないオレには不可能だ。

 勉強? これも上に同じ。向こうの世界でうけた教育でさえ、高校をドロップアウトしたオレでは、誇るべき点はない。

 プログラムや金融取引には長けたけれど、ここでは使い道さえない。

 やはり、王位を継ぐこと……か。権謀術数を駆使しても、王位にふさわしいとみなされ、継承レースに名乗りを上げられれば、周りからの評価も高まり、またちがった展開となるだろう。

 向こうの情報が分からない以上、ここでできることをするだけだった。


 今、王位継承権第一位は、オルラ王の第一王子、ブルーガである。勇猛で知られる武闘派で、オノガル国の軍を率いる将軍の地位にあった。彼は新興貴族、ナロワ家の娘を妻としており、ナロワ家は格が低いため、それが後継レースを複雑にしている面もあった。

 第二位は第二王子、ウェリオ。頭脳明晰で、内政官として摂政の伯父、エグニスとともに政策立案にかかわっている。彼は貴族ではなく、行政官だった民間の娘を妻としている。そのため、第二王子で頭がよいにも関わらず、周りからの評価はあまり高くない。

 第三王子はユウエン。美麗王と称されるのも、人格やその美しい容姿を讃えたものであり、本当の王ではなく、美しさで国随一との評価が美麗王だ。まだ結婚していないけれど、有力貴族が後援すれば、彼が一気に後継レースのトップに躍り出る、との噂がある。

 オルラ王の弟、エグニスも後継候補だけれど、彼にも息子が一人いて、ヤルハンという。王子とは認められていないけれど、彼も有力な後継者候補と呼ばれていて、エグニスの補佐をする内政官としても、名声が広がっている。エグニス自身も今、国に大事が起こったときはオルラを廃位してエグニスを王に据え、万全の体制をとるとされ、そのときはヤルハンがその後を継ぐだろう。

 ここからは大穴と言った感じだけれど、第四王子のカラシュは古参の貴族、アリブレン家の娘を妻とし、アリブレン家の全面協力を得ていた。ただ、貴族の力はそれほど重視されない。ナゼなら、王は最終的に貴族たちで営まれる議会によって、承認をうける。でも、その議会に参加する貴族が多過ぎて、まとめるのが大変なのである。だから何となく……といった、雰囲気作りが大切であり、アリブレン家の力で、どこまでの貴族がまとめられるかもナゾだ。

 後は、オルラ王の第二姫が嫁いだリノグリア家のマッセが、王位を継ぐのにふさわしい、との声もあった。マッセはブルーガの下、第一部隊を率いるほどの武力に長けた武人であり、その力はブルーガと互角とされるけれど、ブルーガが魔法剣士としての力で、やや上回るとされていた。


 残念なことに、このシンラ王子の下には有力な貴族もいなければ、頭脳も武力も、期待されていない。恐らく、王族の全員が魔法をつかえるし、アピールしたところで弱いだろう。

 ならば、できることは一つだ。何しろ、オレは中卒で、二十歳近くまで定職もなく、何の目標もなく、世捨て人のようにやさぐれていた。そんなオレの目の前に現れて、オレを拾ってくれたのがオヤジだ。

 最初はただの雑用として、投資運用会社で働いていたけれど、猛勉強をして、そのうち運用も任されるようになり、今では単独でトレーダーとして活躍できるようになったのだ。

 オレが知っているのは、そう経済。そしてディーリング。得意なそれで名を挙げるしかなかった。




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