8.初体験を終えて
「あの子はどうするんですか?」
オレはアダルナに、獄につながれている少女のことを尋ねる。勿論、地下に行ったことは話してあり、誤魔化していたこともあって、アダルナもオレの指摘に仏頂面を浮かべている。
「暗殺犯ですので、拷問して首謀者を吐かせます。もっとも、彼女が知っている可能性が低い……と分かった上で聞きますから、拷問は苛烈となるかもしれません」
「拷問……するんだ?」
それがこの世界の常識なら、仕方ないことかもしれない。王族への敵意だ。殺しても殺したりないのだろう。でも……。
「一つ提案があるんだけど、いいかな?」
オレの言葉に、アダルナも眉を顰める。当然、それはあまりいい提案とは思えないからだ。
「オレはあの女の子を気に入ったので、愛妾としたいのですが」
アダルナも目を剥く。
「暗殺犯を……愛妾ですか?」
「ダメですか? 武器さえもたせなければ、女の子に負ける気はしませんが……」
王の継承権はあるけれど、王位につく確率の低い第五王子である。当然、婚姻という形を結ぼうとする貴族はいないだろう。そして跡継ぎ問題で出遅れれば、ますます候補から遠ざかる……。
用奴であるユイサでは、練習はできても途中まで。実践ができる相手は、絶対に必要でもある。
「……分かりました。裏で手を回しましょう」
オレはもう何度も彼女に対して、絶頂を迎えていた。この前まで童貞を通していた中年男が、異世界で体を交換して二週間と経たないうちに、しかも十歳の体で初体験を果たしていた。
彼女ももう、何度も突き立てられたことで、荒い息遣いのまま、抵抗する力を失っていた。
「十分、練習できましたか?」
「……はい。これからも、彼女をボクのそばにおいて、子づくりを愉しみたいと思います」
「…………。まぁ、よいでしょう。ただし、彼女は自室に拘束し、会うときは私か、ユイサと一緒であることを求めます」
ユイサと一緒でもいいんだ……。これはちょっと意外だったけれど、とにかく彼女が殺されずに済んだ。
オレも彼女の上に、覆いかぶさるようにして、そのまま眠ってしまった。
ふと目を開けると、無機質な消音作用のある石膏ボードが並ぶ天井があった。
…………あれ? 異世界では板張りがせいぜいで、石膏ボードなんてあるはずもないのだけれど……。
暖かい布団も、スプリングの利いたベッドも、ちがう! 元の世界に戻ってきた。
「よう、目覚めたな」
隣をみると、オレの勤める投資運用会社の社長がすわっていた。
「オヤジ……」
「三日間、眠っていたぞ」
三日……。向こうの世界では、二週間に足りないぐらいだったけれど、時間の流れがちがうのか……。ふと気になったのは、オレが刺されたときに、隣にいた三日月だった。
「三日月は?」
「彼女は……まぁ、その、何だ。大丈夫だよ」
オヤジが言葉を濁している……。血のつながりはないけれど、もう二十年近い付き合いだ。何か隠していることぐらいは分かる。でも、それ以上に深刻そうな表情を浮かべていた。
「実は、オマエが寝ている間に、世界同時株安で、株が暴落している。オマエに資産を預けた投資家から、心配で連絡が入っている。オマエしか運用先を知らないから、すぐに確認して連絡をしてくれないか」
「暴落……?」
隣のテーブルに置いてあった自分のスマホに飛びつき、日経平均とTOPIXの値動きを確認してみる。
「何があったんですか……?」
「米国で、バンク・オブ・ゴールドが破綻した。傘下のヘッジファンドが無茶苦茶をしていたらしくてな。米国の資産運用実績、ナンバーワンのバンGが、突然資産管理団体へと転落したもんだから、投資家のパニックが起きているのさ。世界的に、複数の金融機関が今、連鎖倒産の憂き目にあっているし、市場もガタガタだ」
説明を聞きながら、ネットで情報を拾い、そして大体の事情をつかんできた。バンGは全米最大の金融機関として、多くのヘッジファンドを抱えていた。その中の三社ほどに、ビル・クラシュレスという人物が経営、運用に携わっていたことが問題の発端だ。バンGで伝説の運用担当として、強い発言権をもっていた彼は、自らが携わるファンドにバンGから資金を移させ、運用に回してきた。それだけでは飽き足らず、規定違反のレバレッジを利かせ、また低金利環境もあって、多くの資産を担保としてお金を借りまくり、それを運用していたのだ。
うまくいっている間は高収益で、さらに彼の名声が高まっていたが、運用がうまくいかなくなり、綻びが出た。結局、彼の投資運用会社が数十兆ドルの負債を抱え、破綻してしまう。
その結果、資産が投げ売られ始めると、多くの市場が一気に悪化することとなり、他のヘッジファンドをふくめて収益悪化が懸念され、さらに市場が悪化するという悪循環に陥り、たった三日にして米株のS&P500が、半分以下まで暴落してしまったのだ。そしてこれは、あらゆる市場に波及しており、不動産価格も暴落。個人投資家が自己破産して自殺者続出……という阿鼻叫喚になっていた。
「オレは自宅のパソコンでないと取引ができないので、帰ってみてみないと何とも言えませんが、自動取引も入れていますから、そこまでの損にはなっていない、と思います。投資家には、オレの方から連絡しておきますよ」
「そうか……。オマエのことだから大丈夫だと思うが、とりあえずゆっくり養生してくれ……とは、言い難い状況だ。早く退院して、復帰してくれ」
平賀社長……オヤジはそういうと、病室を出て行った。恐らく、弱音を吐かなかったけれど、うちの運用会社も相当にやられていて、投資家からの突き上げも食らっているのだろう。
お腹にざっくりと穴が開いていて、内臓も傷んでいることで、しばらく意識がもどらなかった。そんな重傷でも、病院側と掛け合って、すぐに退院することになった。かなりもめたけれど、それどころではない。
歩くのもしんどいけれど、タクシーで自宅のマンションにもどり、部屋にあるパソコンを立ち上げた。起動が早くなった……といってもじれったく感じながら、やっと起動したパソコンで、取引履歴をみる。
愕然とした……。恐らく他の運用担当者より損をしているわけではない、と思うけれど、だいぶやられていた。自分で自動取引のシステムを作り上げ、それで取引していたのが功を奏した……というより、損を少なくしてくれた。ただ、損を出してしまったことは間違いなく、オレも気が重いながらも、今では軽くなった携帯電話を持ち上げていた。
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