7.地下へ

 頭をぎゅっとされた気がして、目を覚ます。顔は相変わらず、ふかふかの柔らかいアダルナの胸の中にあることは確認できたけれど、それはアダルナがオレの頭をかき抱いたからだった。

「アダルナ……?」

「しッ!」

 アダルナは別に、昔の彼氏を思い出してオレの頭をぎゅっとしたわけではないようだ。オレにもその緊張が伝わり、辺りを確認しようとするも、アダルナの腕の隙間からみえる部屋の中は真っ暗で、何もみえない。

 でも、確かに周りには殺気がただよっている。人の気配は微かなのに、殺気だけはヒシヒシと伝わるのだ。

 相手は一人……? 向こうも見えていないはずだけれど、部屋の構造を知っていれば、ベッドの位置なんてすぐに分かるので、狙われたらアウトだ。

 アダルナも緊張して、オレのことを守ろうと抱きしめる。王子として、狙われている可能性は常にあった。体を交換した最初のときでさえ、井戸に突き落とされていたのだ。

 殺気がどんどんと強まってくる。

 オレも必死で、この部屋の配置を思い出していた。ベッドの脇には小さなテーブルがあって……。

 ふとオレも思いつき、アダルナの耳元に口を寄せる。できるかどうかも分からないけれど、この窮地を逃れる術を思いついたのだ。


 オレはパッと起き上がって、ベッド脇のテーブルの上に手を伸ばす。そこにあった木箱から、中の魔法杖をとりだし、それを高く掲げた。

「ライトニング!」

 杖の先から微かに電流が迸る。光属性の魔法で、雷光を走らせたのだ。そしてその電流は、近くにあった金属……即ち、そこにあった大きな刃、オレたちを襲おうとしていたそれへとぶつかった。

「キャッ⁉」

 小さく上がった悲鳴、オレは微かに耳に残ったものの、その魔法杖をつかったことで、ふたたび意識を失ってしまう。

 しかしアダルナは、一瞬光ったそのタイミングで自らも魔法杖を手にとった。そして確認できた人影にむけて、水の弾丸を放つ。

 当たったことは確認でき、壁へと吹き飛んで行ったので、アダルナは部屋に備え付けられたランプを灯す。

 壁の近くに倒れている相手に、アダルナも近づいていくと、そこにはシンラと同じぐらいの年の少女が倒れており、意識を失っていた。


 翌朝、目を覚ましたオレは少々驚く。朝には城にもどる、と言われていたけれど、目覚めたときはお城の横にある、いつもの小屋に寝かされていたからだ。

 どうやら寝ている間に、城の兵士にも手伝ってもらって運んだらしい。いくら末端の第五王子とはいえ、安全にかかわることなので、兵士が動かせたようだ。

「昨晩の、侵入者は?」

「あぁ、逃げられました」

 アダルナはあっさりと、そう言い切った。

「逃げられた? でも、部屋は閉め切られていたよね?」

「どこかから侵入してきたのですから、そこから逃げたのでしょう。ランプに火を点ける間に、いなくなっていました」

 子供だったら、その説明で納得したかもしれないけれど、中身はおっさんのオレにとって、その程度のウソを見抜くことぐらい、簡単だった。

 オレは生活する上では、この木製の小屋を宛がわれているけれど、お城に出入りすることはできる。

 恐らく、オレを運んだときに同じように、侵入者のこともお城に運んだのだ。そして監禁した。それは実行犯を拷問して、主犯をあぶりだすつもりかもしれないし、王族への敵意に対して、きつい罰を与えるためかもしれない。とにかく、すぐに殺されないことを祈りつつ、地下を探すことにした。


 キリ山にあるので、ここはキリ城と呼ばれる。ジュナ・アートラッドが国を開いたときからある、というぐらいだから、相当に古い。元々は、島だけで一国を為していたわけではなく、大陸にある国の一部だったそうだけれど、国が規模を縮小していくのに伴い、この島だけで一国になったのだそうだ。

 恐らく最初は、地方行政府ぐらいの規模だったのだろう。それが国王の居城となるにつれ、建て増しをくり返した。中は迷路のようになっていて、いつミノタウロスと出会っても不思議ではないほど、複雑に入り組んでいる。

「やあ、シンラじゃないか」

 そのとき、出会ったのは第三王子のユウエン・アートラッドだ。端正な顔立ちと、温和な性格から美麗王との評判もあり、世間的にみても彼までが主な後継候補とされていた。

「ユウエン兄さん、息災で何よりです」

「シンラも元気そうだね。今日はどうしたんだい?」

「お城の探検です。地下ってあるのかなって。もしあるなら、探検をしたくて」

「小さいときは、誰にでもそういうときがあるよね。北にある、トイレの脇の階段を下りてごらん。地下に通じるから。でも、あまり奥まで行っちゃいけないよ。多分、護衛がいて止められるけれど、進入禁止の場所があるからね」

 ユウエンはそういって、手を振っておくりだしてくれる。ユウエンも十八なので、大人と言えるかは分からないけれど、十歳で子づくりを求められるぐらい、早く成熟することを求められるのが王族だ。


 確かにその階段は地下へとつづいていた。トイレの排水設備のメンテナンス用と、基本は同じ。というより、排水設備自体が地下へと延び、この階段がそこに続く役割をもつのだ。

 実際、昼でも燈明によって照らされたそこが、そのまま地下へと続く道だ。

 しかし地下に降りると、さらに蟻の巣のように空間が広がっていく。それは上物である城を建設する前から、地下空間が存在したことを思わせた。

 岩を削って掘りすすめられたそこを下っていくと、兵士が立っていた。

 オレは少し離れた物陰から、闇魔法である『スリープ』をかける。何度も気を失ったことで、オレも学習した。この魔法杖はすべての属性をつかえる。しかも高位の魔法から、低位の魔法までつかえるスペシャリティーがあり、そのため使い方を間違えると、一気に魔力を抜かれてしまうのだ。

 さすがに高位の魔法は使えないし、またそんなことをすれば一発で意識をもっていかれるだろうけれど、闇魔法の基本であるスリープなら、今のオレでも使えた。

 警備役の兵士が眠ってしまったので、鍵を開けてその先にすすむ。鉄格子が嵌った牢獄が並ぶその先に、少女がいた。オレも一瞬だけだけれど、少女の顔を憶えている。特徴的な左右の瞳の色が異なるオッドアイ、ブロンドの髪、美少女が怖いぐらいの瞳でこちらを睨んでいた。











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