5.魔法をつかうこと

 この異世界には魔法がある。それは別の世界の者と体と心を交換する……といった魔法もあって、だからこうしてオレはこの世界にきた。

 アートラッド家は、五英賢の一人だったジュナ・アートラッドが魔法使いだったこともあり、代々魔法を継承する家系だ。逆にいえば、それがアートラッド家の王統の正しさをを示してきた。

 しかし今では魔法をつかえる方が珍しく、アダルナのような魔法使いを家庭教師として雇うほどである。

 この世界の魔法について、理解したことをかいつまんで説明すると、東洋風にいえば氣、西洋風にいうと魔力を、魔術回路を刻んだ道具に流すことで魔法が発動する。詠唱は必須ではなく、自分の中で氣を流しやすくする……ぐらいの効果を期待してそれをするそうだ。

「火の魔法を発動する魔術回路をもった道具をつかえば、火がつかえます。勿論、そこには相性があって、本人がどういう魔力を練り上げるのか? それが魔術回路と合っていない場合、うまく力が伝わらずに暴走したり、魔法そのものが発動しなかったりします。

 例えば、未熟な魔力しか練られないのに、強い魔力を放つような道具をもったところで、使いこなすことはできないでしょう。

 魔法使いは自分の力量を見極め、適正な道具を、適切につかうことが大切となってきます」

「魔術回路は、自分で刻めるのですか?」

「高位の魔法使いであれば、かなり複雑なものも自分で刻めます。私でも簡単なものなら刻めますが、私は水の魔法使いですので、刻めるのは水の魔法をつかう魔術回路だけです」

 オレは興味津々だけれど、この体の主であるシンラはあまり熱心ではなく、オレ

になって色々と聞くようになったので、アダルナは嬉しそうに説明してくれる。

「今度、街にある道具屋にいってみましょう。中古の魔法道具なら、置いているかもしれません」

 アダルナはせっかく芽生えたやる気を途切れさせないよう、そう提案してくる。オレもこの手狭な小屋で、勉強に明け暮れるのは退屈だったので、街を見物できることもあり、快く応じた。ただ、これが新たなトラブルを生むとは、このときは考えてもいなかった……。


 このオノガル島は山がちで、平地も少ない。そのため島の広さに対して、港は南北に二つ。大陸と近い西側には、オノガル島を形成する際に大きな役割を果たしたジュナ山……これはオノガル国を創建したジュナ・アートラッドにちなむ、最大の山がある。それを迂回して南北に港をつくっているのだ。

 城は南に近いキリ山の山頂に建てられており、そこから下っていくと南の港町、ミウスに到着する。

 なだらかな傾斜がつづき、これはキリ山から海までつづく傾斜だ。それほど広くはない峡谷に、所狭しとレンガ造りの建物が並ぶ。ただ道幅は広くとられており、これは兵士が海へ向かうのに、移動しやすいようにするためだ。そのため建物は上へ、上へと伸び、三階建て、四階建てが並ぶ、欧州の古い街並みを思わせた。

 その広い道も、平時にはつかい道がなく、そこには多くの露店がならび、活況を呈している。

「海洋交易が盛んで、ここは物資が豊かです」

 アダルナはそう説明してくれる。オレにとっては見たこともない果物も多く、もの珍しさしかない。植生などは似ているらしく、海外旅行にいったときに市場を覗くようなものだ。

 ただやはり、売り子は女性ばかりだった。この世界では女性の方が多い、というのを感じさせる。


 道具屋は露店ではなく、建物の中にあった。店主は若い女性で、シカイテという。アダルナとは顔見知りらしい。

「魔道具かい? お城の中にもあるだろ?」

「小さい子にも使えるものは、もう残っていなくて……」

 第五王子のため、住居ばかりでなく、魔道具さえ足りないのが実情だ。

「なら、初心者向けのでいいんだね。あるよ。この子は何属性だい?」

 道具屋の女主人も、オレが第五王子とは気づいていない。アダルナもお城勤めは知られていても、職種までは教えていないようだ。

「色々と試したいので、あるだけ見せてもらっていいですか?」

「いいよ。子供なら小さい方がいいね」

 魔法使いは、体を支えられるぐらいの長くて太い杖か、指揮棒のように短い杖をつかうのが一般的だ。短い杖を手にすると、引っ張られるような感覚がある。例えれば静電気で吸い付くようだ。

「火を灯すイメージで」

「水滴をだすイメージで」

「空気を動かすイメージで」

「芽吹かせるイメージで」

 それぞれの杖をオレが難なくつかってみせると、アダルナも女主人も驚いている。

「すべての魔法をつかえるの? じゃあ、これは?」

 光属性も、闇属性もつかえた。何のことはない。魔術回路とはプログラムで制御するのと似て、入力、増幅、出力という過程をたどる。属性の差、というのは入力端子のちがいであり、プラグが合わないとうまく信号も伝わらないのと同じ。手に触れたとき、その差を調整することでオレはすべてに合わせることができるのだ。


「魔法の天才? 上手く育てると、いっぱしに魔法使いとしてやっていけるよ」

「魔法使いも減って、汎用性は貴重ですものね」

 アダルナの言葉に、オレも「減っているの」と尋ねる。

「戦い自体が減っていますから……。魔族も戦いを挑まなくなり、超大国ギヨンドワーナができて、国同士も争いが減りました。魔法をつかう機会が減れば、魔法使いも不要です」

 アダルナもそう寂しそうに語る。だから彼女のような魔法使いが、王子の家庭教師などをしているのだ。二人きりで出かけられるのも、第五王子として存在が重視されず、希薄なことと同時に、彼女が護衛役も兼ねるからだ。

「昔は、火を点けるのも魔法が重宝されたけれどね。今では道具をつかうから、こうして道具屋にも魔道具が置かれるんだけどね」

 シカイテはそう告げて「どうせなら、ちょっと高級なものも見ておくかい?」と、店の奥から古そうな木箱をもってきた。

「これは大魔法使いがもっていた、と噂のある杖さ。眉唾ものと思っていたけれど、木箱の彫刻や、素材の古さなどもあって手に入れたものだよ」

 木箱の中には使い古した、硬い枝そのもののような細い棒があった。

 オレが手にとると、確かにかなり複雑な魔術回路の存在を感じる。

 オレもこの力を吸いとられそうな魔道具をつかうには詠唱が必要と考え、ごく簡単なフレイムの呪文を詠唱してみる。

 全身の力を吸いとられるような気がして、そのままオレは意識を失っていた。













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