2.十歳の少年

「起きて……、起きて……」

 そう声をかけられるけれど、眠ってはいない。目覚めていても、体がうまく反応しないのだ

「う…………、誰?」

「このままじゃ死んじゃうよ。それでいいの?」

 やっと視界が定まってくる。辺りは真っ暗で、そこに浮かび上がるのは天使のような姿をした少年だ。

 でも、どうやらお迎えではないらしい。

「助かる……術が……あるのか?」

「ボクなら何とかできる。でも、それには条件がある。ボクと体を交換して。そうすれば、その間に体を治しておくよ」

「そんなことが……」

「やるの? やらないの?」

 考えがうまくまとまらない。でも、助かると手を差し伸べてくれた相手を、無碍にすることはできない。「分かった」

「ボクたちが入れ替わっていることは、誰にも知られちゃいけないよ。元に戻れなくなるからね」

 オレの意識は、ふたたび闇の中でバラバラになっていった。


 オレが目を覚ますと、そこは暗い洞窟のようで、体がひん曲がって狭いその空間に収まっていた。見上げると丸い空……。ここは井戸の底? 水がないので枯れ井戸だろうが、何でそんなところに入っているんだ……?

 そういえば、体を交換したんだった……。その相手が、ちょうど井戸の底に落ちていた。腹を刺されて瀕死だったときと、状況はそう変わっていないな……。骨折や大きな怪我がないのが救いだ。

 とりあえず、脱出を試みる。手足を突っ張って、少しずつ体をもち上げるのだけれど、明らかに筋肉量が足りない。在宅勤務をいいことに、一部屋を筋トレマシーンで埋め尽くしていた、あの頃とはちがう。体を入れ替えていることを、改めて実感することとなった。

 まだかなり未熟な体を、必死で酷使して、何とか上まで辿りつく。辺りはすでに夕景で、おぼろげに浮かぶのは巨大な岩とレンガでつくった古ぼけたお城だ。

 呆然とそれを見上げていると、遠くから声が聞こえてきた。

「王子! そんなところにいらっしゃったんですか?」

 王子? 走り寄ってくる女性は、こちらを見ている。……え? オレは王子……なのか?


 井戸の水が涸れていたとはいえ、汚水独特の匂いが染みついていたので、お風呂に連れていかれる。王子というのにお城ではなく、庭の一角に建てられている木でつくられた小屋の中にある、木製の小さなお風呂だ。

 もっとも汚いし、臭いのは自覚するのでそこは仕方ないと諦めて、オレも服を脱ぎはじめる。生地は高級でも、縫製の技術はまだ乏しく、頭からかぶって腰で縛る簡易的な形状だ。

 子供服だけかもしれないけれど、王子にしてこの程度だと、この世界の文化レベルは高くないと思わせた。

 脱衣所にある鏡をみて、また驚く。暗闇の中でみた、あの少年の姿だ。小学生ぐらいの華奢な体つきに、金髪の美少年……。

 この世界の美的感覚は分からないけれど、元の世界なら、間違いなく子役で引っ張りだこになるぐらいだ。

 安易に体を交換したことを多少後悔しつつ、また少しは楽しみにして、とりあえず全裸になった。

 そのとき、ドアの開く音がしてふり返ると、そこに黒髪の少女が立っている。

 少年よりやや上ぐらい……というか、なぜ全裸? 胸はやや膨らみ、腰もふっくらしている。ここは彼女の家のお風呂で、運悪く鉢合わせ? 頭の中では、色々と悪い妄想が浮かび、イイワケすら口をついて出ない。

 でも、少女はまるで驚いた様子もなく、ましてや前を隠そうともせず、一礼すると黙って脱衣所に入ってくる。そのままオレの手を引き、扉を開けてお風呂場に連れていく。

 そこは日本の一坪風呂、と呼ばれるものよりは大きくて、湯船もしっかりとある東洋風の形式だった。オレとしては見慣れた形式で、しかもきちんと湯が張ってあることでテンションも上がるけれど、隣にいる全裸の少女は見慣れた形式とはほど遠く、オレも緊張するばかりだった。


 何のサービス? それとも、これがこの世界の常識? 王子というのは、全裸の少女から入浴の手伝いをされるものなのか?

 木の椅子にすわらされ、石鹸のようなものをつけたタオルで、全裸の少女はオレの体を洗っている。

 生憎と、オレは童貞ばかりでなく、風俗も未体験だった。毛嫌いしていたわけではなく、お金をあつかう人間がムダ遣いをするのを嫌った、といことだ。自分で処理できるし、別にそれで困ったこともない。

 しかしこうなると、体験しておけば良かった、と思い始めている。これがこの世界の常識、王子は侍女から奉仕されるものなら、反応するのはおかしいし、全裸の少女が隣にいても平然としていないと、不自然に思われる。

 何とかみないように、意識しないように、必死で堪える。

 しかし愈々、それは堪えがたきを堪えることすら、厳しい状況に追いこまれる。

 そう、その手がオレの大事な部分、股間へと迫ってきたのだ。今でさえ、緊張と戸惑いがなかったらかなりヤバい状況なのに、直接股間にふれられようものなら、もう限界だ。

 少女はチラッとオレを見上げてくるので、オレもそこで手を押しとどめる。

「じ……自分で洗うから」

 少女がやや残念そうにするのが、意外でもあったが、無事にやり過ごせたようだ。


 体を洗い終えると、少女はオレの手をひいて、湯船へと導いていく。二人ぐらいなら並んで入れそうな大きさだし、見ないようにすればいいので気分も楽だ。混浴と同じ……と自分に言い聞かせる。

 先に湯船に体をしずめた彼女は、そのままオレの手をひく。

 …………え?

 オレは少女に跨っていた。でもそれは正面を向き合ったのではなく、彼女に背中を向けて、太ももに跨ったのだ。肉布団――? 湯船の中で彼女をクッションにしてオレはすわっている。

 確かに、この背丈では湯船から頭をだすのも大変だけれど、だからと言って少女の太ももにすわるなんて……。しかも、シートベルトのようにお腹に手を回してきて、ぎゅっとするので、嫌でも背中には二つの別のクッションを感じることになる。しかも、少女も興奮しているのか、そのクッションの先にはご丁寧にツボ押しの機能まであるらしい。

 しかもそれは間違いなくオレを興奮させるツボを、的確に押してくる。お湯以上に熱くなったオレの下腹部は、まるで水面から顔をだすぐらいの勢いで、存在を主張していた。








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