第34話
「反省会、始めるわよ」
「……いぇーい」
憮然とした様子で告げる花哩に、綾女が一人で盛り上がる。
戦闘技術が終え、天防学院高等部は昼休みに入った。本日は第一回、自衛科第十四班反省会を開くべく、その班員である四人は共に昼食を取っている。
屋上の中心には円形の花壇があり、その縁に沿って複数のベンチが配置されていた。四人はベンチに腰掛けながら声を交わす。
「話し合う内容は、勿論――――あんたよぉ、翔子ぉ!」
花哩の怒号が、辺り一面に響き渡った。
「あんたねぇ! あんたねぇ!? 昨日の会話覚えてるっ!? 普通、今日くらいは真面目になるもんじゃないの!? ねぇ!!」
「いや、その……すまん。どうしても、あのスライムが気になって……」
「ああああああ!! 私の罪悪感を返せ! 私は昨日の夜から、これからどうやってあんたと接したらいいのかとか、色々悩んでいたのに! ――悩んでいたのにっ!!」
唸り声を上げる花哩に、翔子は隣の綾女へ助けを求める視線を注いだ。
綾女は紙パックの野菜ジュースを飲みながら、首を横に振る。
「大人しく叱られた方がいい。……花哩、さっき翔子が自分からEMITSに向かって行くのを見て、翔子がやる気を出してくれたと勘違いして凄く嬉しそうにしていたから」
「綾女! 変なこと言わないで!」
「……事実」
花哩は顔を真っ赤にして押し黙った。
「……ぶっちゃけ翔子が行かなければ、私が行ってた」
「そ、そのぉ……実は、私も少し、気にしてました……」
綾女とラーラの告白に、花哩が遠い目で空を仰ぐ。
実はあの時、彼女たちも目の前のEMITSに集中しているフリをして、さり気なく翔子の行く末を気にしていた。
そして自分は行かなくてよかったと思った。
「あのねぇ。EMITSのことなら、端末で十分調べられるでしょ」
「……言われてみれば」
「綾女。あんた最近、翔子に似てきたわよ」
「私、そんなに老けてない」
「俺も老けてねぇよ」
そう言いながら翔子が飲んでいるのは緑茶だった。
妙に似合っている。
「そう言えば、そろそろ翔子のポジションも決めとかないとね」
「ポジション?」
「EMITSと戦う際の陣形よ。現状だと、私は中衛で真っ先に攻撃を仕掛ける役割。綾女は後衛で、隙あらば高威力の攻撃を撃つ役割。そしてラーラは全体の指揮をする役割ね。中等部でも少しだけEMITSとの対戦シミュレーションを習ったから、その時に決めたの」
「成る程。しかし、ラーラが指揮か。……少し意外だな」
「この子、いざという時の集中力は凄まじいわよ。人やEMITSの動きを予測するのが上手いのよ」
ラーラは恥ずかしそうに「恐縮です」と呟いて顔を伏せた。
「反省会はこの辺にしときましょうか」
花哩の一言に、三人は首を縦に振った。
「ていうか翔子、いつも昼休みはこんな所にいたのね」
おにぎりを頬張りながら花哩が言う。
翔子は昼休みになると、いつもこの屋上に来て食事をしていた。ここに来るまでの間に、翔子は彼女たちにその説明を済ませている。
「昔から、昼休みは屋上で過ごしていたからな。習慣みたいなもんだ」
「……普段は、他の人と一緒?」
「いや、一人だが」
綾女が勝ち誇るような目をしたが、彼女も同じような境遇だろうと翔子は推測する。
「そ、そう言えば皆さん、今朝のニュース見ましたか?」
ラーラの言葉に、翔子と綾女は首を傾げる。頷いたのは花哩だけだった。
「浮遊島常盤に、大型のEMITSが出現したのよ。それも多数」
それは、浮遊島で過ごす身として、無視できない話だ。
翔子はすぐに万能端末を操作し、ニュースを調べる。
「……マジか」
文字のみの記述は、事態をどうしても淡白に思わせてしまう。死者はゼロだが負傷者は四十二人。……決して少ない数ではなかった。
「……手こずっているみたいだな」
「だ、大丈夫ですよ。出雲航空団も、応援に向かっているみたいですし」
事態の悪化を懸念する翔子にラーラが声を掛ける。百足型や豹型を始め、大型のEMITSが多数、浮遊島を襲っているようだ。しかもその襲撃はまだ続いている。
長期戦を見越し、出雲航空団からも何人かの援軍が送られたそうだ。
適性の高い者から順次送られているらしく、その筆頭である篠塚凛は最前線で戦っていると記事が示している。
「翔子も、今のうちに慣れておきなさいよ。EMITSが出る度に怯えているようじゃ切りがないから。……って言っても、あんたは大丈夫そうね」
「……いや、そうでもない」
翔子の反応に、花哩が意外そうな顔をした。
――EMITSは嫌いだ。
あれが傍にいると、この空を自由に飛ぶことができない。
だから極力、関わりたくない。
「……散歩してくる」
緑茶を飲み干して、翔子はおもむろに立ち上がった。
「その辺を飛んだって何も変わらないわよ」
「飯を食ったら散歩するのは、いつも通りだ」
「あんた本当に、時間さえあれば飛んでるわね……」
だが、気分を変えたいという気持ちも確かにあった。
ゴミ箱に空き缶とおにぎりの包装袋を捨て、飛翔外套の襟を指で弾いて起動する。
「……私も用事があるから、これで失礼する」
綾女が立ち上がって言う。
「じゃあ、一端ここで解散しましょうか。私も演習場に行く予定だったし」
「演習場って、まさか自主練か?」
「まさかって何よ。あんたも天銃の練習はしておいた方がいいんじゃない?」
「しまった、藪蛇だったか」
本格的な説教が始まるよりも早く、翔子は屋上から飛び立つ。
散歩である以上、行き先は決まっていない。
取り敢えず、途中まで花哩に同行することにした。
翔子にとって、今の花哩の傍は居心地が悪くなかった。
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