第29話
翔子の番が回ってきた。
花哩だけでなく、他の生徒たちにとっても翔子と達揮の模擬戦には興味があるのだろう。多くの視線を集めながら、翔子は戦場に赴く。
「依々那」
『はーい! カウント形式の調整ですね! ちょちょいのちょーいっと』
まずはカウント形式の模擬戦を行うために、使用するITEMにその設定をしなければならない。模擬戦に使うITEMを登録し、狗賓の弾丸を威力なしの光弾に変更。飛翔外套は光弾の着弾を記憶させるモードに変更し、同じように相手の使用するITEMも登録する。
『ご主人様、相手はどんな方なんです?』
「天才。適性が甲種。あとイケメン」
『ふむふむ。才能も顔も負けと。ご主人様、敗北決定ですねっ!』
喧しいアバターの戯言を無視して、翔子は息を整える。
「準備はできたかい?」
前方で浮遊する達揮が、声を掛けてくる。
「ああ、なんとか」
「それじゃあ、よろしく頼むよ」
蒼の飛翔外套を纏った達揮は、姉に勝るとも劣らない凛々しさを醸し出す。
全てを見通すような知性を感じる瞳に、名のある画家が丹精込めて筆を走らせたような柳眉。流れるような鼻梁は白い頬に挟まれており、その下では整った唇が僅かに弧を描いていた。
容姿を評価する前哨戦があったなら、満場一致で達揮の勝利だろう。
「翔子……見せてもらうよ」
スッと、達揮の瞳が鋭くなる。
「姉さんに選ばれた――君の実力を」
達揮が明確な闘志を発したその時、試合開始を告げるアラームが鳴った。
容赦もなく。
躊躇もなく。
達揮の初手は群青の砲撃だった。
マニュアルモードに切り替えられた天銃の一撃。
適性甲種の達揮から放たれたそれは尾を引く青色の光線だった。
「――は?」
完全に不意を突かれた翔子は、全身で達揮の砲撃を受け止めた。
衝撃はない。
しかし、達揮はこれでカウントを一つ入手した。
「……鬼か、あいつは」
群青の奔流に飲み込まれながら、翔子は大きく後退する。
背中と壁面が触れ合うまで距離を取り、そして自身も狗賓の引き金を引いた。
(当たらない……駄目だこりゃ)
あまりにも見当外れな方向へ射出された光弾に、翔子は諦念した。
狙い通りに弾丸が飛んでくれないのだから偏差射撃など出来る筈もない。
当たらないなら――当たるまで近づいてみるか。
「――安易な考えだね」
「げっ」
フィールドの中央に向かうと、達揮もまたこちらに接近してきた。
達揮の持つ狗賓の銃口に光が収束しているのを見て、頬を引き攣らせる。
光弾の質で、達揮は翔子を凌駕している。
これはつまり、達揮の弾丸は翔子の弾丸を打ち消す力があるということだ。共に消失するならばまだしも、初手の威力から鑑みるに達揮の弾丸は翔子の弾丸を飲み込んで、それでも止まることなく牙を剥くだろう。
これが適性の差か。――翔子は舌打ちし、軌道を下方に逸らす。
「馬鹿っ! 相手より下がるな!」
見学席から、花哩のものらしき声が響く。
同時に、翔子の頭上から無数の銃声が轟いた。雨霰のように降り注ぐ砲撃を、翔子は底面に触れるか触れないかのところで、急激に加速して回避する。
「いやいやいやいや……」
達揮が光線を放ちながら、銃口を動かす。
後方から迫り来る砲撃に翔子は焦り、一気に上方へ飛翔した。なんとか回避に成功した後、反らした腰に痛みを覚えつつ、狗賓を構えた。
先の攻防で理解した。
この模擬戦で頭上を取られるのは危険だ。張り付かれるように動かれれば、位置関係を崩せなくなる。そうなれば、後は一方的に嬲られるだけだ。
「逃げ切りたいが……狭いから、それも難しいか」
眼前に立ち塞がる篠塚達揮に、翔子が遣る瀬無い顔をする。
制限時間は残り一分。カウントは達揮が一で、翔子が零。これまでの模擬戦と比べればスローペースな試合だ。射撃センス皆無の翔子が、攻撃よりもひたすら回避に回っているのが原因だろう。
「何故、アーツを使わない?」
達揮の言葉に、翔子は考えて答える。
「諸事情で今は使えないんだ」
「……所詮はビギナーズラックか」
達揮は侮蔑の視線を翔子に注ぐ。
「翔子。君は姉さんのことを知っているかい?」
小さな声で、達揮は訊いた。
「君を推薦した人物は、この世界でどれほどの評価を得ているのか知っているかい?」
達揮の天銃に、少しずつ群青の光が収束する。
「英雄……金轟。その名は日本だけでなく世界中にまで届いている。単純な戦闘力なら、世界でも五指に入ると言われているほどだ」
冷酷な眼差しが、翔子に注がれる。
「姉さんは天才だから、昔から周りに理解されない人だったけど、それでも僕は姉さんの行動には全て意味があると思って納得していた。でも……今回ばかりは納得できない」
達揮が歯軋りする。
「昔から姉さんは不思議な人だった。……姉さんは天才だから、僕には理解できないんだろうと思っていたけど、今回ばかりは納得できない」
達揮が握る天銃の銃口が、煌々と輝いた。
「もう少し君は――姉さんに選ばれた自覚を持った方がいい」
達揮が光線を放つ。それを回避した翔子は、左方に蒼の人影を見た。
先程まで目の前にいた達揮が、いつの間にかこちらに回り込んでいる。
「……お前も天才だろ」
翔子が呟く。
適性が甲種で、転入組なのに既にITEMの扱いに長けていて、緻密な戦略も練れて、そして人望があった。
翔子にとって、達揮は紛れもなく天才だ。
(もっと速く飛ぶか)
翔子が高速で飛翔する。
達揮も対抗するように速度を上げた。
ドッグファイトが始まった。翔子は我武者羅に光弾を放つ。下手な鉄砲も数打ちゃ当たる筈だが、それを目視で確認する暇はない。上下左右、波打つように。なるべく不規則な動きで飛翔しながら、翔子は光弾を放ち続ける。
群青が煌き、鉛色が見境なく降り注ぐ。
光弾の交錯する回数が増し、互いの飛翔の軌道が荒れ始める。スローペースだった模擬戦は瞬く間に苛烈を極め、見学席からは生徒たちの感心の声が聞こえてきた。
(……この速さなら、近づけるな)
達揮の弾丸を避けると同時に、翔子は一瞬の隙を突いて接近する。
先程は達揮も対応してみせたが――この高速のドッグファイトでは、その余裕もないらしい。
「飛んでいるだけじゃ、僕は倒せな――」
「――こっちだ」
翔子は達揮の背後へ回り込み、その銃口を直接達揮の身体に当てた。
「なっ!?」
驚愕する達揮を無視して引き金を絞る。
漸く命中した。
手応えを感じると同時に、素早く距離を取る。この距離で命中率が上がるのは翔子だけでなく達揮も同じだ。達揮の動揺が醒める前に、翔子は離れた。
双方が再び動こうとした時、試合終了の合図が響いた。
結果は一対一。引き分けだ。
「……くっ」
達揮が悔しそうに顔を歪めながら見学席に戻る。
十班の面々は達揮に賞賛の声を浴びせているが、本人は結果なんてどうでも良いと言わんばかりに不満気な顔をしていた。
(引き分けで、そこまで悔しがられるのか……)
こちらはやっと終わったという気持ちで一杯だというのに。精神の構造がまるで違う。
「翔子」
見学席に戻ってきた翔子に、花哩は声をかける。
「あんた、勝てたわよ」
「……どういう意味だ?」
「あんたが受けた攻撃って、最初の不意打ちだけじゃない。ってことは、あんたは本当なら篠塚の攻撃を全部避けることができるのよ」
つまり、最初の一発さえなければ――翔子は確実に勝っていた。
「……いや、でも実戦なら不意打ちもアリだろ」
「お、翔子にしては真面目なことを言うわね。まあその通りなんだけど」
一言余計である。
「ついでに言うと、実戦なら多分自滅しているわね。あんな至近距離で撃ったら自分も巻き添えをくらうでしょ」
「……確かに」
今回はカウント形式に設定していたため、天銃の弾丸には威力がなかったが、もしこれが実戦なら翔子は瀕死となっていたかもしれない。
「でも、あの角度だと相手は即死、自分は瀕死くらいかしら。……肉を切らせて骨を断つ。そういう作戦なら悪くないかも……」
「バーサーカーかよ」
絶対にその作戦は採用しない。
「でも、これで課題は見えたわね」
花哩がニヤリと笑みを浮かべて言う。
「最初の不意打ちだって《ステップ》を使えたら避けることができた。つまり……今のあんたに必要なのは、アーツよ!」
「……今の俺に必要なのは休憩だ」
翔子の文句は無視して、花哩は獰猛に笑った。
「さあ――特訓しましょう」
こちらの意見を全く聞いてくれない花哩に、翔子は嘆息する。
先程の、達揮との模擬戦を思い出した。
――飛んでいるだけじゃ、僕は倒せない。
模擬戦で翔子が達揮に銃口を当てた時、きっと達揮はそう言いたかったのだろう。
その言葉が、翔子の全身に重たくのし掛かっていた。
――そもそも倒したいと思っていない。
倒せなくても結構だ。
自分は飛んでいるだけで満足なのだから。
張り切っている様子の花哩を見る。
きっとこれから、自分はこってり絞られるのだろう。
その時。
何故か翔子は、達揮が口にした別の台詞も思い出した。
「…………面倒臭いな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます