第27話

 翌日。翔子は天防学院の教室で、歴史の授業を受けていた。


「――と、このように。EMITSには決まった型が存在しません。また、その状態も同一ではなく、固体や液体など、三態を中心にした様々な種類が確認されています」


 飛翔外套が学生服として扱われる天防学院では、生徒も教師もそれを纏って授業に臨む。

 その光景はまるで、ローブを纏った魔法使いたちの学校だった。


 教室前方のスクリーンに、これまでに出現したEMITSが画像で紹介される。


「EMITSはそのサイズや形状、習性から幾つかに分類できます。統率者を持たず大群で襲撃する蝗型タイプ・ローカスト。逆に統率者を持ち、統制の取れた群れで襲撃する蟻型タイプ・アント。細長い身体で戦場を這うように進む蛇型タイプ・スネイク。こうした動物や虫を象るEMITSもいれば、粘液型タイプ・スライム鬼型タイプ・オーガなど、架空の生物を象るEMITSもいます」


 滔々と教師は語る。


「中でも、亜種と呼ばれる個体は非常に特徴的な外見をしており、またその性質も通常のEMITSとは異なります。通常のEMITSはエーテル粒子を手に入れるために、浮遊島への侵攻を最優先にしますが、この亜種は徹頭徹尾、人類を攻撃するためだけに動きます。

 現在確認されている亜種は二種類。弓鴉ゆみがらすと、槌亀つちがめです。……余談ではありますが、この内の弓鴉討伐作戦にて、金轟と銀閃の名は生まれました」


 一年前の、英雄が誕生した切っ掛けである。

 亜種は通常のEMITSと比べ、攻撃性も耐久性も高く、総じて強い。そのため討伐には他のEMITSとは段違いの労力がかかるのだ。


 そんな強敵を、当時十七歳の二人の少女が倒したというのだから、これには世間も騒がずにはいられない。

 EMITSの襲来によって暗雲が立ち込めていた当時の社会に、英雄誕生というニュースは刺激が強すぎた。


 世間は英雄の誕生を祝い、少年少女は大志を抱く。

 特務自衛隊は憧れの的となった。


 金轟の篠塚凛。

 銀閃のアミラ=ド=ビニスティ。

 彼女たちは浮遊島の栄光だ。


「……と、今日はここまでにしておきましょう。お疲れ様でした」


 チャイムが鳴り、二人の英雄を映していたスクリーンが消える。


「次は、飛翔技術か」


 教師が立ち去ってから、翔子は伸びをしながら呟いた。

 その様子に隣の達揮が笑む。


「嬉しそうだね、翔子」


「まぁな。浮遊島に来た甲斐があった」


 空を飛びたいから浮遊島に来たようなものだ。大願は既に成就した。


「そう言えば今朝、翔子が空を飛んでいるのを見たよ」


「今日はそれで登校したからな」


「やっぱり。……随分と使いこなしていたじゃないか。何かコツでもあるのかい?」


「コツって言われてもな。適当に飛んでりゃ、そのうち慣れるぞ」


「……へぇ」


 一瞬、達揮の声色に怒気が孕んだような気がした。

 思わず達揮の顔を見るも、その表情に変化はない。

 気のせいかと判断した翔子は、移動教室のために椅子から立ち上がった。


「今日は天気もいいし、気分よく飛べそうだ」


 廊下の窓を見ながら翔子が言う。

 しかし、その予想は――大きく外れた。

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