第19話


 次々とEMITSを倒す凛の姿を見て、翔子は懐かしい気分になった。


(……流石、英雄だな)


 自分はあの英雄に命を救われたのだと、改めて実感する。

 成る程、これは憧れの的になってもおかしくない。あの時も今も、凛から感じる頼もしさは尋常ではなかった。


 とにかく――これで訓練は終了した。漸く肩の力を抜くことができる。

 安堵に胸を撫で下ろしていると、


(うわ……こっち来た)


 複数のEMITSが自分に向かって接近していることに気づいた。

 動きが素早い豹型や、動きが読みにくい蛇型など、凛から逃げてきたEMITSたちが翔子を標的に定める。


(折角、人がいい気分で飛んでいるのに……)


 足元から迫る蛇型の突進を、紙一重で避ける。

 次いで、横合いから豹型の爪が迫る。翔子は一瞬だけ浮遊を止め、重力に従って落下することでそれを避けた。鼻先を爪が通過した直後、再び滑空する。


(なんだ――思ったより鈍いな・・・


 それなら、もうちょっと長く飛んでもいいかもしれない。

 一応、遠くにいる凛を一瞥した。

 戦いに集中しており、とても助けを呼べそうにない。


 助けを呼べないなら仕方ない。

 もうちょっとだけ飛んでいよう。


 蠍型のEMITSが尾を突き出してくる。

 シュルリ、と宙で身体を捻ってそれを避ける。


(もっと長く……)


 降り注ぐ日の光が心地良い。

 そう思いながら、豹型の突進を避けた。


 蛇型の尾が横薙ぎに振るわれる。

 軽く身体を倒してそれを避けると、蠍型の鋏が目の前から迫ったので、少し上昇して避けた。


(もっと、長く――――)




 ◆




「……嘘だろ」


 その光景を目の当たりにして、亮は愕然としていた。


「すげぇ……」


「いつまで、避けているんだ……?」


 翔子の飛翔を見て、誰もが目を剥いて驚く。

 蛇の攻撃を避け、蠍の攻撃を避け、豹の攻撃を避け、いつの間にか接近していたらしい蛙型や蟻型の攻撃もひらすら避け続ける。


 焦っているのかと思えば、まるでそうは見えない。

 翔子はいつも通りの、ぼーっとした顔で延々とEMITSの攻撃を避け続けていた。


(あいつ……今日、初めて空を飛んだんだよな……?)


 その動きは既に熟練者の域に達している。

 初心者とは思えない。


 EMITSの攻撃は、そう簡単に見切れるものではない筈だ。図体こそ大きいが、その移動速度は時速一〇〇キロを優に超えることすらある。更に、空中では前後左右だけでなく上下の方向も注意しなくてはならない。


 にも拘らず、翔子は難なくEMITSの攻撃を避け始める。

 脅威とすら感じていないのだろう。だから包囲網を抜け出そうとしない。――一歩間違えれば大事故に繋がってしまうあの包囲網の中で、延々とEMITSの攻撃を避け続けている。


(あいつのには、何が見えているんだ……?)


 美空翔子から、得体の知れない何かを感じ取る中――。


「翔子、上ッ!!」


 花哩が叫ぶ。

 見れば、蟻型のEMITSが翔子の頭上から迫っていた。

 花哩の声に気づいたのか、翔子は下に逃げようとするが――。


(やばい! 挟み撃ちだ!)


 真下からも豹型のEMITSが迫っている。

 翔子は既に急降下している。この速度では横に逸れて逃げることもできない。

 亮はすぐに翔子に通信を繋げた。


「美空! 身体を丸くして衝撃に備えろ! すぐにバリアを張る!」


『……大丈夫です』


 焦燥する亮とは裏腹に、翔子は落ち着いた声音で返した。

 恐怖も危機感も、全く感じさせないその声を聞いて、亮は驚きのあまり硬直する。


『確か、あの時……』


 ブツブツと、よく分からない小さな呟きが聞こえる。


『篠塚凛は、こんな感じで――』


 亮には知る由もないが、翔子は二ヶ月前のことを思い出していた。

 廃ビルの屋上から落ちた時、篠塚凛が見せた、その飛翔。


 確か、彼女は、まるで宙を蹴るかのように――。


『ほっ』


 ――次の瞬間、翔子は空を蹴った。




「…………は?」


 誰しもが目を剥いた。

 急降下する翔子に対し、上下から迫るEMITS。

 黒い不気味な化物が、翔子を押し潰すと思われた、次の瞬間。


 ――翔子は、空中を蹴って・・・回避した。


 飛翔外套は危険防止のために、速力がある程度制限されている。特に初速に関しては不注意による事故も多発しているため、多くの制限が課せられていた。


 だが翔子は今、その制限下では有り得ない速度でEMITSを回避してみせた。

 急降下の途中、身体を縦に百八十度回転させた翔子は、その両足で空を蹴り、斜め上方へ弾き飛ばされたかのように飛翔する。

 その急な方向転換に、二体のEMITSは全く反応できていない。


「今のは、まさか……」


 動揺を抑えきれず、亮が呟く。

 同時に、少し離れたところでは花哩も目を見開いて驚愕していた。


「《ステップ》……飛翔外套を用いた、アーツ・・・のひとつ」


 飛翔外套は使いこなすことで、ただ空を飛ぶだけでなく様々な技が可能になる。

 それがアーツだ。


 アーツはこの空という戦場において、非常に実戦向きの技術であるため、特務自衛隊にもこれを主な武器として戦っている者がいる。達揮を推薦した銀閃が代表的だ。


 しかしアーツは本来、飛翔外套を完璧に使い・・・・・・・・・・こなした者のみが習得・・・・・・・・・・できる・・・高等技術だ。


 先程、初めて飛んだばかりの少年が、すぐに覚えられるものではない。

 教師の亮ですら――不可能な技だ。


(有り得ねぇ……初心者が、アーツを使えるなんて有り得ねぇ……ッ!!)


 上下から翔子を追い詰めていた二体のEMITSは、突如、標的を見失ったことで混乱し、そのまま衝突する。

 直後、金色の弾丸がEMITSを貫いた。


 全てのEMITSを倒した凛が、ゆっくりと翔子に近寄る。

 青空と太陽を背にしたその二人を見て、亮は不思議な感覚に陥った。


 ――英雄。


 すぐ傍で肩を並べるその二人は、どこか眩しくて――手の届かない領域にいるような気がした。


 美空翔子と篠塚凛。

 青い空で悠然と佇む二人に、誰もが呆然とする中――。




「翔子……ッ!」


 金轟の弟。

 篠塚達揮だけは、憎悪を込めた瞳で翔子を睨んでいた。



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