第18話

『敵の数は十五体。先日、特務自衛隊が生け捕りにしたEMITSだ。いざという時はお前たちの飛翔外套を遠隔操作して、緊急用のバリアを展開するが、この時点でリタイア扱いとなるので注意してくれ』


 真剣な顔で、亮は言った。


『なお、さっきも言った通り特別訓練は自由参加だ。不参加のデメリットは特にない。……これは転入組だけでなく、進学組にとっても初の実戦となる。慎重に判断するように。見学したい班は俺の傍へ来い。参加したい班は一度演習場まで下りて、天銃を装備しろ』


 参加は班単位になるようだ。班員の内、誰か一人が見学して残りは参加……とはいかない。


「面白そうじゃない。やるわよ」


「……そう言うと思った」


 好戦的な笑みを浮かべる花哩に、綾女は呆れた様子で溜息を吐く。


「ラーラも大丈夫?」


「は、はい、大丈夫です! ……すみません、初回から実戦とは思っていなくて、少しびっくりしていました」


「まあ、そうね。私も予想していなかったわ。例年通りだと、一回目の特別訓練はもっと簡単なものだし。……今年はちょっと過激かもしれないわね」


 呟くように花哩が言った。学院側にも何か事情があるのかもしれない。


「翔子、あんたも準備しなさい」


「……おう」


 どうやら花哩の中で、翔子が参加するのは決定事項となっていたらしい。


(まあ、いいか……もうちょっと飛んでいたいし)


 参加はするが、できるだけ蚊帳の外で傍観しておきたい。

 左肩にぶら下げた天銃が、とても重たく感じた。


『では、これより――特別訓練を開始する!』


 凡そ二十名の参加者が決定したところで、亮が合図を告げる。

 直後、訓練空域に巨大な結界が張られ、更にその内部に大量のEMITSが解き放たれた。


 EMITSは小型から大型まで、力強そうな個体もいれば硬くて攻撃が通りにくそうな個体もいる。その距離は、あっという間に詰められた。


『翔子! あんたは遠くから援護に徹しなさい!』


「了解」


 花哩が通信で指示を出してくると、依々那が瞬時に翔子側の通信環境を整えた。

 蛇型のEMITSが傍にいる生徒を長い胴で囲む。すぐに周りにいる他の者たちが、救出するために天銃を構えた。


「きゃあぁああぁああぁぁあぁ――ッ!?」


 その時、甲高い悲鳴が聞こえて翔子は思わず動きを止める。


『夏目、アウト』


 女子生徒が蠍型EMITSの攻撃を受ける直前、強制的にバリアを展開された。

 青白いバリアが女子生徒を守り、EMITSの攻撃を防ぐ。おかげで女子生徒には怪我ひとつないが、代わりに飛翔の速度が著しく低下していた。


 どうやらバリアが展開されると、身の安全を確保できる代わりに移動が難しくなるらしい。あれではもう戦えない。

 バリアを展開して脱落した女子生徒は、鈍い速度で演習場へと下りていった。


「うわあッ!?」


『冨田、アウト』


「やられる――ッ!?」


『倉石、アウト』


 その後も次々と脱落者が現れる。


『無理だと判断したら、リタイアを宣言しろ。すぐにバリアを張ってやる』


 亮がそう告げた直後、四、五人がリタイアを宣言した。

 生き残った生徒たちの人数は十五人を切ってしまう。


「……っと、俺も援護しないと」


 余所見している場合ではない。翔子は天銃を構え、銃口を豹型のEMITSに向けた。


 まるで空中を地面のように走り抜ける豹型のEMITSが、傍にいる生徒を標的に定めて一瞬だけ動きを止める。その隙に、引き金を引くと――。


『ぎゃんっ!?』


「あっ」


 灰色の弾は、花哩の後頭部に直撃した。


『翔子ォ! あんたはやっぱり援護しなくていい!』


「な、何をすればいい……?」


『何もすんなっ!』


 酷い。わざとじゃないのに。

 しかし正直、自分でも何もしない方がいいと思うので、翔子は無言で従った。


(……どうせなら、もっとのんびり飛んでいたかったなぁ)


 折角、気分よく飛んでいたのに、急に訓練が始まったせいで高揚感は冷めつつあった。


 花哩たちのように、EMITSを見たからと言って好戦的には中々なれない。彼らの戦いを遠くから眺めていると、少しずつ緊張感が薄れる。


『く……っ!! 混戦が、厄介ね……!』


 花哩の苛立つ声が聞こえる。

 意識の高い自衛科の生徒にも、流石にいきなりの実戦は厳しかったのか、どこか動きがぎこちない。花哩がEMITSを狙おうとすると、その射線上に別の生徒が重なってしまう。


『……花哩、一体そっちに追い込む』


『了解!』


 綾女が天銃の連射で追い込んだ蛇型EMITSを、花哩が撃ち抜く。


『よし! 一体潰した!』


 花哩の放った弾丸が、蛇型の頭を貫いた。

 EMITSは活動を停止し、宙に浮いたまま動かなくなる。


(……皆、凄いな)


 訓練が始まって五分も経つ頃には、生徒たちの攻撃がEMITSに当たり始めていた。


 攻撃に参加している生徒の大半が進学組だ。転入組はまだ宙に浮くのが精一杯で、経験を積むため訓練に参加したのはいいが、先程から何もできていない者が多い。それでも天銃を構えて、どうにか戦いに貢献できないか試行錯誤している。


(やっぱり……俺に自衛科は、向いていないかもしれない)


 空を飛ぶのは好きだ。

 それはもう十分過ぎるくらい実感した。


 だが、どうしても彼らの熱量にはついていけそうにない。

 どうしても――EMITSとの戦いに、興味を引かれない。


『しょ、翔子さん! そっちに一体いきました!』


『私が撃ち落とすわ!』


 ラーラの忠告に、花哩が反応する。

 しかし、放たれた弾丸はEMITSの真横を通り抜けた。


『やば、外したッ!?』


 豹型のEMITSが素早い動きで接近してくる。


『翔子! リタイアしなさい!』


 耳元で、花哩の焦った声が聞こえた。

 しかし翔子は、そんな花哩の指示を無視して――。


「――よっと」


 軽々と、EMITSの突進を避ける。

 遠くで花哩が目を見開いた。


「まだ、大丈夫だ」


『な、ぅ……ば、馬鹿! 油断してんじゃないわよ!』


 今日、飛翔外套を使ったばかりの翔子がEMITSを避けるのは想定外だったのか、花哩は明らかに動揺していた。


『は、花哩さんっ!』


『何!? って、ちょ――っ!?』


 ラーラの声を聞いて、花哩が背後に振り返る。

 そこには、飛翔外套の操作を誤って、花哩目掛けて突撃している生徒がいた。

 どん! と鈍い音と共に、二人は衝突し――青白いバリアに包まれる。


『古倉、アウト』


『今のは私のせいじゃないでしょぉおぉおぉおおぉぉ!?』


 吠える花哩。

 ぶつかってしまった生徒は非常に申し訳なさそうな顔をしている。


『むぅ……こいつら、微妙に強い』


『し、しかも数が多いので、どうしても討ち漏らしがでてしまいます……!』


 綾女とラーラの会話が通信で聞こえる。どうやら進学組も劣勢と判断し始めたらしい。


『篠塚、アウト』


 その声が聞こえると同時に、翔子は反射的に振り返った。

 あの男がそう簡単に倒されるとは思わないが――すぐに敗因を理解する。


(上手く飛べなかったのか……)


 バリアで守られた達揮は、悔しそうな顔で演習場へ下りていった。その軌道はとても不安定で、お世辞にも上手に飛べているとは言えない。


 達揮がこちらを見る。

 眦鋭く睨まれ、翔子はさっと目を逸らした。


 どうも最近、達揮に睨まれることが多い。

 何かしただろうか……?

 などと考えているうちに、また次々と脱落者が出る。


(俺を含めて残り四人。……これ、討伐できるのか?)


 EMITSは残り十体。数の利は完全に覆った。

 しかも自分は戦力外だ。実質三人で十体を討伐するのは難しいのではないだろうか。


『厳しいようだな』


 耳元から亮の声が聞こえる。


『残念ながら、この戦況を覆すのは難しいと判断した。現時点で特別訓練を終了する』


 訓練の終了を告げられ、緊張が弛緩した。

 悔しそうにする生徒もいれば、安堵する生徒もいる。


 しかし、訓練終了と言っても……討ち漏らしたEMITSはどうするのか。まさかこのままでいい筈もない。翔子は演習場にいる亮を見る。


『さて、残ったEMITSだが……こんな時のためにも、スペシャルゲストを用意している』


 亮がそう告げた直後――黄金の光がEMITSの頭上から降り注いだ。

 一瞬で二体のEMITSが塵と化す。その光景を、翔子は見たことがあった。


『……わお』


『ま、まさか……!?』


 綾女とラーラの驚いた声が聞こえる。他の生徒たちも、目を見開いて驚愕していた。


 訓練空域に一人の少女が降り立つ。切れ長の瞳に、絹のように艷やかな黒の長髪。白磁のようにきめの細かい肌に、華奢で女らしいその体躯。


『紹介しよう。金轟こと、篠塚凛だ。……特別訓練に参加した生徒たち。ここまで粘った報酬だ。英雄の戦い方を、特等席でじっくりと見学しておけ』


 生徒たちの歓声が空に響いた。

 自衛科の生徒たちとっては、まさに憧れの相手。この国に生きる者にとっては、空の平和を象徴する存在と言っても過言ではない。そんな英雄の登場に多くの者が興奮する。


 英雄、篠塚凛は――眦鋭くEMITSを睨み、銃を構えた。




 ◆




 凛とEMITSの戦闘が始まったことを確認して、亮は漸く一息吐くことができた。


「ふぅ……取り敢えず、これでもう安心だな」


 伊達に英雄と呼ばれているわけではない。凛は鮮やかな手腕でEMITSを次々と倒していった。後数分もすれば、敵の殲滅が完了するだろう。


(理事長の無茶振りにも困ったもんだが……まあ、結果オーライってとこだな)


 まさか初回の特別訓練で実戦をするとは思わなかったが、生徒たちの様子を見る限り、それなりの効果はあったように感じる。生徒たちはEMITSの脅威を理解して気を引き締め、更に英雄の戦いぶりを目の当たりにすることで向上心も手に入れた。


「せ、先生! あっちにいる生徒が……っ!!」


「ん?」


 生徒の声を聞いて、亮は空を仰ぎ見る。

 視線の先には美空翔子がいた。相変わらず無気力な顔をしているが……その周りに、いつの間にか複数のEMITSがいる。


 ――狙われている!


 瞬時に状況を把握した亮は、全身から冷や汗を垂らした。


「やべぇな、あんだけ狙い撃ちされていると、バリアが保つかどうか……っ!?」


 焦燥に駆られた亮は、すぐに金轟へ通信を繋げた。


「金轟! 後ろで囲まれている生徒がいる! そいつを守ってくれ!」


 通信で凛に向かって叫ぶ。

 すると凛は、EMITSと戦いながら翔子の方を一瞥し――。


『彼は、大丈夫』


「だ、大丈夫って……」


『彼なら・・、大丈夫』


 短く告げて、凛は再び目の前のEMITSとの戦闘に集中した。

 困惑する亮を他所に、凛は柔らかく微笑んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る