第17話


「……嘘ぉ」


 空高く舞い上がり、笑みを浮かべる翔子を見て、花哩は唖然とした。


 初めて地面のない空を飛ぶ時、怯えなかった者はいない。花哩も、綾女も、ラーラも……特務自衛隊の隊員たちですら、最初は誰だって恐怖するものだ。


 しかし、翔子は――。


「……全く、怖がってない?」


「す、凄いです……初めてなのに、こんな自由自在に……!」


 綾女とラーラも、翔子を見て感心する。


「おーおー、初っ端からかなり飛んだな」


 硬直する花哩たちの背後から、亮が近づいて声をかけた。

 その目は花哩たちと同じく、自由に空を飛び回る翔子を見据えていた。


「射撃のセンスが壊滅的だった時は焦ったが……飛翔のセンスはあるみたいだな。他の転入組は、まだ宙に浮くことで精一杯だ」


 周囲を見渡しながら言う亮に、花哩は疑問を口にした。


「……やっぱり先生も、翔子に注目してるんですか? 金轟に推薦されたから」


「アホ。教師がそんなことで贔屓するか。転入組の生徒は全員、様子を見て回ってんだよ」


 転入組はまだ、その場で宙に浮くことすらままならない者が多い。辛うじて数名の生徒が姿勢制御の維持に成功し、外に出ようとするが……途端に恐怖を感じて萎縮している。普通はあんな風に躊躇する筈なのだ。

 それを翔子は、ものともせずに飛び出した。


「お、篠塚も外に出たか」


 亮が呟く。見れば少し離れたところで、蒼の外套を纏った達揮が島の外を飛んでいた。

 花哩はそれを、面白く無さそうな顔で眺める。


「……あっちのルーキーは多才ですね」


「なんでもできる奴が、一番優れているってわけじゃねぇけどな。世の中には一芸特化で成り上がる奴もいるんだし。……ま、美空がそうとは限らないが」


 空を飛ぶ翔子を眺めながら、亮は言う。


「しかし、ちょっと飛べるくらいでは……次の訓練はキツいかもな」


「何か言いました?」


「いや、なんでも」


 花哩の問いかけを、亮は適当に誤魔化した。


「お前ら、美空に基本的な飛翔を教えてやれ」


「……言われなくても、分かってますよ」


 同じ班の仲間として――言われるまでもなく、花哩は翔子のもとへ向かった。


「翔子。そろそろ飛翔の基礎を教えるわ」


 島の外でふわふわと浮いていた翔子が、花哩の声を聞いて振り返る。


「まずは私についてきて」


「了解」


 花哩がコースを先導し、他がそれを追う形で、古倉班の面々は飛び回った。

 時折、様子を確かめるべく花哩は後方を振り返る。ラーラと綾女、二人の経験者に挟まれた翔子は若干窮屈そうな態度を取りつつも、花哩に遅れることなく飛翔していた。


「……感覚は、掴めた?」


 隣で飛ぶ綾女が尋ねる。


「ああ。なんとなくだが……」


「ちなみに、慣れるとこんなこともできる」


 綾女が胸を反らし、上昇する。翔子の直上に昇ったところでその両足をピタリと閉じ、ゆっくりと縦に一回転した。そのまま身体を捻りながら急降下してくる。

 再び同じ高さに戻ってきたところで、綾女は降下を止め、翔子の隣に帰ってきた。


「おぉ……」


「宙返りからの錐もみ飛行。パフォーマンスにはうってつけ」


 確かに目立つ技だ。近くにいた他の生徒も感心している。

 飛翔外套は墜落を防止するシステムの他、衝突を未然に防ぐシステムも備わっている。だから多少、無茶な動きをしても事故に繋がることは滅多にない。


「それ、今の俺でもできるか?」


「試してみる? まずは胸を軽く反らして……」


 綾女の指示に従い、少しずつ上昇する。


「ちょっと、あんたたち! 今は基礎の練習よ!」


 前方を飛翔する花哩に勝手な行動を咎められ、翔子と綾女は練習を中断した。


『全員聞こえるか?』


 その時、耳元から亮の声が聞こえる。


『今、俺は万能端末の通信機能を利用してお前たちに呼びかけている。空から下りる必要はないから、そのまま聞いてくれ』


 飛翔外套とリンクした万能端末が通信しているようだ。相変わらず多機能である。


『さて――いきなりだが、自衛科には特別訓練と呼ばれる授業がある』


 丁度、今朝花哩から説明された。六限目――そろそろ始まる筈の授業である。


『進学組なら聞いたことくらいはあるだろう。この授業は、通常の授業と違って不定期に行われ、その内容も毎回変化する。更に参加も自由だ。基本的に一定のリスクはあるものの、訓練に参加した生徒には特別な点数が与えられ、成績の向上に繋がるというメリットがある。中間試験や期末試験で赤点のボーダーラインも下がるぞ』


 参加自由と聞き、翔子は花哩の方を見た。


「花哩、この授業は受けた方がいいのか?」


「ええ。たとえ在学中でも、成績が高い生徒は特務自衛隊や特区警察に注目されるわ。それにこの特別訓練では、通常の授業では手に入らない貴重な経験を得ることができるの」


「成績に、経験か。……あんまり興味ないな」


「なに言ってんのよ、あんたこそ必要でしょ」


 花哩が溜息混じりに言う。


「あんた、戦技の授業で大恥掻いたことを忘れたんじゃないでしょうね。あの射撃の腕……留年を覚悟するレベルよ」


 ぐうの音も出なかった。確かに、成績のことを考えれば受けた方がいいかもしれない。


『では、記念すべき一回目の特別訓練について説明する。内容は――実戦だ』


「……は?」


 その言葉に、翔子は思わず疑問の声を漏らした。


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