第13話

 翌朝。自室で目を覚まし、顔を洗った翔子はリビングに向かった。


「……翔子、おはよう」


「お、お早う御座います!」


 目をしょぼしょぼとさせた綾女と、緊張した様子のラーラが挨拶をする。翔子もすぐに「おはよう」と返した。少し前までは陸上部の朝練で毎日早起きしていたため、翔子は朝に弱くない。

 一方、綾女は朝に弱いらしく、覚束無い足取りでテーブル席に座った。


「花哩は?」


「早朝ランニング。そろそろ帰ってくると思う」


 綾女が答えた直後、玄関の戸が開き、汗だくの花哩が帰って来た。


「ただいま。あー、疲れた」


「……ご飯、どうする?」


「ちょっとだけ頂戴」


 綾女と花哩の慣れた応酬を聞きながら、翔子も花哩に対し声を掛ける。


「どのくらい走ったんだ?」


「十キロくらいよ」


「朝にしては走り込んでるな。アイシングしといた方がいいぞ」


「……そう言えば、あんた、元陸上部って言ってたわね」


 汗をタオルで拭いながら花哩は言う。


「怪我をしたって言ってたけど、もう走れないの?」


「ああ。走ろうとしたら痛む」


「そ。……あんまり無理するんじゃないわよ、こっちもできるだけフォローするから」


 その言葉を聞いて、翔子が意外そうに花哩を見る。


「なによ。同じ班の人間なんだから、当然でしょ」


「……助かる」


 正義感の強い少女だ。

 花哩は恥ずかしそうに顔を逸らし、風呂場へと向かった。椅子に座った翔子は、綾女の出してくれた朝食に手をつける。


「しかし、花哩は毎朝十キロも走ってるのか」


「朝と放課後に、合わせて十五キロ走るのを日課にしてる。本人曰く、そのぐらいやらないと特務自衛隊は務まらないとのこと」


「……特務自衛隊になるのって大変なんだな」


「そんなわけない」


 綾女がピシャリと言う。


「あれは努力しすぎ。花哩は特務自衛隊の中でも、エースを目指しているから」


「エース?」


「別にそういう役職があるわけじゃない。要するに、特務自衛隊の中でも一際優れた人間になって、色んな人を助けたいということ。金轟や、銀閃のように」


 翔子は適当に「ふぅん」と相槌を打った。その興味なさそうな顔を見て綾女は問いかける。


「翔子もエースになりたい?」


「いや別に。俺は助けるよりも、助けられる方が性に合ってる」


「そう言うと思った」


 花哩に言うと馬鹿にされそうな発言だったが、綾女は寧ろ安心したように微笑した。

 朝食を平らげた後、三錠の薬を水と一緒に摂取する。「念のために」と母に渡された、高山病を緩和するための薬だ。エーテル粒子との適性が高い者は高度順応が極めて早い。本来なら不要な筈だが、捨てるのも勿体ないので一応飲んでおく。


 全員が朝食を済ませて外に出ると、横薙ぎに風が吹き、真っ白な雲が目の前を過ぎった。浮遊島には雲を弾く機能が存在するが、省エネのため今日のような晴れの日は停止している。


「翔子、今日の午後になったら空を飛べるわよ。楽しみにしておきなさい」


「……ああ」


 既に昨晩からずっと楽しみだった。

 端末を操作して時間割を表示する。空を飛ぶ授業は五限目だ。


「……ところで、六限目の特別訓練っていうのは、どういう授業なんだ?」


「ああ、その授業は内容が毎回異なるから私たちにも分かんないのよ。まあ、授業が始まったらすぐに説明されると思うわ」


 流石は最先端の学院。中々、斬新なカリキュラムが組まれている。


「それじゃあ私たちはこっちだから。また二限目に会いましょう」


 花哩が言った。翔子たちはクラスが異なっているため、普段は別の教室で過ごす。自衛科の授業のみ古倉班として出席するため、その時に合流する手筈となっていた。

 班のメンバーたちと分かれた翔子は、高等部一年一組の戸を開く。


「おはよう、翔子」


 昨日と同じ場所に着席している達揮が、翔子に声を掛けた。


「お互い、無事に班は決まったみたいだね」


「そうみたいだな。まあ俺は達揮と違って、最後まで余っていたが」


「それは君がすぐに帰ってしまうからだろう」


 達揮が笑って言う。


「それで結局、誰と班を組んだんだい?」


「別のクラスの、古倉花哩って人」


「……へぇ、そうなんだ」


 一瞬。達揮が眦を鋭くしたような気がした。


「ということは、他のメンバーはラーラ=セヴァリーさんと、大和綾女さん?」


「そうだが……なんだ、あいつら有名なのか?」


「彼女たちは全員、親が特自の隊員で、それも一線級の活躍をしている有名人なんだ。その血と才能を継いでいるからか、彼女たちもとびきり優秀らしいよ」


「……マジか」


 先日のやり取りから、少なくとも花哩がストイックであることは理解していたが……どうやらそれは学院全体でも有名な事実らしい。


「翔子って、なんだかんだ厳しい環境に身を置くよね」


「わざとじゃないんだ……達揮、班変わらないか?」


「遠慮しておく。でも羨ましいよ。彼女たちと一緒にいれば実力も磨かれるだろうし。……って、こんなこと言ったら自分の班の人たちに申し訳ないね」


 羨ましいなら変われよ。

 頭を抱えていると、教室に備え付けられたスピーカーからチャイムが鳴り響いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る