第12話

 自衛科の生徒たちが全員、班を組んだことを確認した飯塚亮は、理事長室に足を運んだ。


「失礼します」


 ノックした後、亮は部屋に入る。

 部屋の奥にある長机の前には、一人の女性が佇んでいた。


「飯塚か。待っていたぞ」


「すみません、仕事で少し遅れました」


 微笑を浮かべる女性の言葉に、亮は愛想笑いで誤魔化した。

 実際のところ、亮はこの女性が苦手だった。


 天防学院、理事長――大和静音しずね

 長い紫色の髪を垂らしたその女性は、ミステリアスで、どこか不気味な雰囲気を醸し出していた。この独特な空気を苦手とする者は、亮以外にも大勢いる。


「どうだ、自衛科の新人は? 活きのいい奴はいたか?」


「まだ初日なので、なんとも言えませんね」


 答えると、静音は「ふむ」と顎に指を添えた。


「例のルーキーたちの様子はどうだ」


「……銀閃に推薦された方は、既に学院中の人気者ですよ。素行もいいですし、優等生になること間違いなし。教師としては、ありがたい生徒ですね」


「ふむ……篠塚達揮、だったか」


 相槌を打ちながら、静音は手元で端末を操作して、達揮に関する資料を開いた。


「金轟こと篠崎凛の弟にして、銀閃ことアミラ=ド=ビニスティの推薦を受け取った男。成る程、サラブレッドらしい評価を受けているようだな」


「適性も甲種ですし、将来有望です。……履歴書によると、姉の影響で幼い頃から特務自衛隊に憧れ、最近まで地上にある訓練施設で自主的にITEMの練習をしていたみたいですね。才能にあぐらをかくこともなく、名実ともに自衛科の模範になることを期待しています」


 地上でも、高度さえ保つことができればITEMを使用できる。例えば山の頂上だ。そういう場所には、ITEMを使用できる施設が設置されていることもある。


「しかし……篠塚凛の弟なら、どうしてわざわざアミラ=ド=ビニスティから推薦状を貰ったんでしょうね。普通に姉から貰った方が手っ取り早い気がしますが……」


「そうだな。そればかりはどうしても疑問が残る」


 教室で自己紹介をした時、達揮は先にアミラから推薦状を貰ったからだと言っていた。しかし亮も静音も、その言葉を信じることはどうしてもできなかった。


「篠崎達揮が、縁故採用を遠慮したのか。或いは――篠塚凛が、弟よりも推薦したい人物を見つけたのか」


 訥々と、静音は己の考えを口にした。


「それが……美空翔子だと?」


「私はそうだと踏んでいる」


 微かに笑みを浮かべる静音。一方、亮は硬い表情で口を開いた。


「お言葉ですが理事長。美空翔子の適性は戊種です。……正直、自衛科の授業に耐えられるとは思いません。篠塚達揮と違って、彼は何の訓練も受けていませんし、今後の授業次第では他の学科へ移行することも検討した方が良いかと思います」


「手厳しい判断だな」


「うちは退学率が高いですからね。将来を見越した考えが必要になるんですよ」


 入学式の後。亮は、翔子が教室に入った時からずっとその一挙手一投足を観察していた。しかし翔子からは、達揮と違ってこの空で戦っていく覚悟を感じなかった。


「自衛科は、兵士を育てるための学科です。物見遊山のつもりで来た生徒を、いつまでも放置するのは……見殺しにすることと変わりません」


 侮っているわけではない。ただ亮は本人のためを思って、厳しく判断せざるを得なかった。


「……飯塚。金轟が作戦中、単独行動を好むことは知っているな?」


 不意に、静音は訊いた。亮は首を縦に振る。


「かの英雄、金轟は美空翔子のことを『共に飛びたい相手』と評した。……如何なる危機的状況に陥っても単独で動くことを好み、その上で大抵の問題を解決してしまうあの金轟が、そこまで言ってのけたのだ。……少なくとも、ただ者ではあるまい」


 先日、篠塚凛は浮遊島のテレビ番組に出演し、推薦状を渡した相手についてそのように述べていた。彼女のことをよく知る特務自衛官の間では、ちょっとした騒ぎになっている。


「それに、金轟の眼は確かだ。私は彼女の判断を信頼したい」


 窓から外の景色を眺めていた静音は、そう言って振り返る。


「本題に入ろうか。……明日の特別訓練についてだ」


 その一言に、亮は難しい顔をした。


「理事長、本当にやるんですか? いくら自衛科の生徒とは言え、その半数近くは転入組ですよ? 入学二日目の生徒たちに、この内容はあまりにも過酷です」


「上は即戦力を求めている。……EMITSとの戦いも年々激しさを増すばかりだ。人手不足を一刻でも早く解消したいのだろうな」


 上とはつまるところ、特務自衛隊のことだ。人手不足の問題は一向に解決しない。


「私も少々無茶が過ぎるとは思う。しかし、何も無策と言うわけではない。上はちゃんとスペシャルゲストを用意してくれたよ」


 そう言って静音は机に置いていた書類を一枚、亮へ渡した。


「……マジすか」


「驚いただろう? なんとか時間を作ってくれるそうだ。……ここまでくれば、訓練というよりちょっとしたパフォーマンスだな。新入生の士気も確実に上がると思うぞ」


「……分かりました。俺も、腹を括ります」


 覚悟を決めた亮に、静音は微笑する。


「さぁて、見極めようじゃないか。今年の新入生はアタリか、それともハズレか……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る