第14話

 一限目の科目は歴史。担当教諭は初老の男性であり、細い身体や色素の薄れた髪が頼りなさそうではあるが、手慣れた動作で授業を開始した。

 万能端末が展開するスクリーンに、歴史の教材が映し出される。


「エーテル粒子が発見されたのは、今より半世紀ほど前の話です」


 発端は一人のパイロットの発言だった。大西洋にある特殊な海域。俗にバミューダ・トライアングルと言う魔の領域の遥か上空にて、不思議な光を見たと彼は告げたのだ。


 当初は誰もが聞く耳を持たなかった。しかし、それから一年と経たない内に、複数の宇宙飛行士、或いは旅客機パイロットなどが、同様の発言をしたのだ。


 重い腰を上げた研究機関は調査団を結成。

 そして調査の結果――遂にエーテル粒子が見つかった。


「知っての通り、エーテル粒子は一定以上の高度でないと確認できません。そのため、研究は航空機や標高の高い山などで行われました。やがてエーテル粒子を利用して物質を宙に浮かせる実験が成功した後、今度はその技術を用いて、更なる研究施設の拡張を図りました。……空中研究所建設計画。空に土地を持つという、前人未到の計画です。これが、現代の浮遊島の前身となるわけですね」


 教師は丁寧に、歴史を語る。


「しかし、ここでトラブルが発生しました。研究所の建設が着々と進行する中、突如、上空より未確認飛行物体が襲来したのです。各国は軍、日本は自衛隊を対応に回しましたが、その飛行体はレーダーには反応せず、警告も通じませんでした。パイロットが目視したそれは、予想していた機械の塊とはまるで違う、異形の化物の軍団だったと述べています」


 化物たちは戦闘機による攻撃を物ともせず、また戦闘機に見向きもせず、空中研究所を破壊した。幸い各国とも、研究所は本土近海の上空にて建設していたため、地上には被害が及ばなかったものの、研究所は無残な瓦礫と化した。


「こうして計画は頓挫。大打撃を受けた研究所は、空に放置されました。化物たちはその後も不定期に空から出現し、人類はその脅威に晒されるかと思われましたが……化物たちは人類への攻撃には積極的ではなく、何故か宙に浮かぶ研究所への攻撃を続けていました」


 厳密には、時折地上に下りてくる個体もいるが、そういった例外的存在は攻撃性が低く、既存の銃火器による討伐も難しくはあるが可能だった。――研究所の破壊では、あれほど猛威を振るっていたにも拘わらず、だ。化物にしてはあまりに呆気なさすぎる。


「この現象から、ひとつの事実が明らかになりました。化物はエーテル粒子を摂取して活動しているということです。だから、エーテル粒子を取り扱う研究所に群がっていたのです」


 研究所は、建物を宙に浮かせる力を確保するべく、空気中に散在しているエーテル粒子を掻き集める働きを持っている。その流れに、化物は誘き寄せられたのだ。


「化物の体構造にエーテル粒子が含まれることが発覚したことで、その正式名称も決定しました。特殊流体空棲動物――『Ether Monster In The Sky』、略してEMITSです。更に研究が進んだ結果、EMITSもエーテル粒子と同様、一定以上の高度でないと活動できないことや、EMITSはエーテル粒子を用いた外部からの刺激に弱いことが明らかになりました」


 対抗手段が確立し、敵の狙いも発覚した。求められる戦場は――一つしかない。


「現状を打破すべく、各国は頓挫した計画を大幅に改変し、再始動しました。研究所だけでなく、軍事的な機能を備え持った空中施設……即ち、空中要塞の誕生です。人類は、この要塞にEMITSを誘導して討伐するという作戦に乗り出しました」


 空に放置された瓦礫の山への攻撃はまだいい。当時の人類にとって最大の問題は、地上に下りてきたEMITSへの対処である。今の時代においても、EMITSが地面に直接接触した事例はないが、背の高い構造物――高層ビルや電波塔は標的に成り得るのだ。


 加えて、地上に下りた個体は弱いと言えど、それはあくまで比較的の話。……腐っても化物だ。生身の人間ではいくら頭数を揃えようと討伐できない。


 その問題を解決したのが、空中要塞である。

 化物共たちが、地上へ下りる前に誘導し、纏めて殲滅する。エーテル粒子の濃度が高い上空では、EMITSも強化されるが、同時にEMITSを打破するためのエーテル粒子を用いた武器も上空でしか使えない。人類は戦場を空に定める他なかった。


「この作戦は現在まで続き、日本では特務自衛隊がEMITSと戦っています。しかし特務自衛隊は命を賭ける職場ですから、慢性的な人手不足は避けられません。打開策として、政府は空中要塞に街を作り、更に税制優遇制度や資金援助などの様々な措置が先進技術実用特区として実施されました。軍事色も時とともに薄れ、空中要塞は浮遊島に名を変え、今に至ります」


 そこまで説明されたところで、授業終了を告げるチャイムが鳴り響いた。


「お疲れ様でした。次回はEMITSについて触れていきましょう」


 教師が立ち去った後、翔子は机に頬杖をついて吐息を漏らす。初回ということもあり、授業内容は馴染み深いものだった。これから少しずつ、本格的な勉強が始まるのだろう。


「さて……次は実技だね」


 隣に座る達揮が、こちらを向きながら言う。

 二限目の科目は戦闘技術。通称、戦技と呼ばれるこの授業は、文字通り戦闘に関する技術を養うためにある。一年生の間は、主に武器型ITEMの使い方を学ぶそうだ。


「物騒な科目だな」


「仕方ないよ、自衛科だし」


 普通科、研究科にこの授業はない。それがこの授業の過酷さや物騒さを物語っている。


「翔子、期待しているよ」


「……何が?」


「姉さんに選ばれたんだ。君も、ただ者ではないんだろう?」


 そう言って達揮は立ち去った。


「……なんだ、あいつ?」


 自分はただ者である。そう言い返したかったが、既に達揮はここにいない。

 移動教室のために生徒が次々と席を立つ中、翔子もゆっくりと立ち上がった。

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