第10話

 同時刻。

 三人の少女が、新たな仲間の来訪に胸を高鳴らせる一方で、美空翔子は自身が数時間前に作成したアバターである依々那と共に、天防学院の学生寮に向かっていた。


「道、こっちであってるか?」


『はい。ここから二つ目の角を曲がれば、すぐに目的地です』


 かれこれ数時間による会話の末、二人はすっかり和解していた。依々那の有用性には目を見張るところがある。面倒臭がり屋な翔子にとって、相談するまでもなく次の方針を決めてくれるのは非常に頼もしい。流石は浮遊島の技術だ。


『しかしご主人様。後の祭りかとは思いますが、本当によろしかったのでしょうか?』


「何が?」


『先程承諾した、班の招待で御座いますよ』


 それは今からほんの数分前のこと。依々那のエスコートに従い、浮遊島を散策していた翔子の端末に、一通のメッセージが届いたのだ。内容は班への招待だった。


 どうやら顔も名も知らぬ誰かが自分を招待してくれたらしい。

 物好きもいたものだと思いながら翔子はすぐに承諾の意を返し、晴れて班というものに所属することとなった。


「元から余り物を狙ってたからな。期限までギリギリだったし、向こうも似た感じだろ」


『……あともう少し。私がもう少し早く生まれていたならば、ご主人様にそのような巫山戯た真似はさせなかったのですが。……この依々那、一生の不覚!』


「お前の一生って、まだ五時間くらいじゃん」


 翔子の言葉に依々那は「ぐぬぬ」と唸り声を上げた。


『ていうか、ご主人様。気づいておりますか? これからご主人様の所属する、自衛科第十四班ですが……ご主人様以外、皆女子ですよ』


「……マジで?」


『マジで御座います』


「何で言ってくれなかったんだよ」


『言おうとしました! 私はちゃんと、忠告しようと思いましたよ! でもご主人様がそれを無下にしたのではありませんか! フランクフルトを食べるのに夢中で!』


 事実をはっきりと突き付けられ、翔子がきまりの悪い顔をする。

 途中、寄り道した商店街が元凶だった。丁度空腹だったので翔子はフランクフルトを一本購入したのだが、その時、タイミング悪く招待が届いたのだ。


『もしかしてハーレム展開でもご期待しているのかなぁ、と私は思ってました。ご主人様もやっぱり男なんですねぇ、なーんて思っていたらこのザマですよ。あぁ悔しい。恋愛はいいものですよぉ、ご主人様ぁ? 何なら私が相手になりましょうかぁ?』


「首と胴しかない分際で、生意気なことを言うな」


『だから私はコケシじゃありませんっ! 手も足もあります!』


 ほらっ! と両手足を振るが、所詮は二頭身。遠目から見ればやはりコケシだ。


「……まぁ、どうにかなるだろ」


 別段、女子が苦手なわけではない。翔子は前向きに考えることにした。

 やがて、目的地である天防学院高等部自衛科の学生寮に辿り着く。


「……これが、学生寮?」


『デンマークの、ティットゲン学生寮を模倣したみたいですね。ここからは見えませんが中央には広々とした空間があるみたいです』


 一言で表せば前衛的だった。縦にも横にも長くなく、すり鉢状に展開される寮舎。外側にはボックス型の部屋が幾つも並んでおり、それが円の外周を表す曲線を描いている。敷き詰められたようではなく、敢えて異なる大きさにしたり凹凸を出したりしているところが、日本の建築物特有の無機質な感じを遠ざけていた。緻密に計算された設計だ。


『フロントはあっちですね。さ、行きますよ。ご主人様』


 依々那の案内の元、翔子は学生寮のフロントに辿り着く。

 班の招待に承諾してから、更に数分後。翔子の端末に学生寮の部屋番号を通知するメッセージと、その部屋の電子ロックを解除するための認証データが送られてきた。顔合わせは部屋で行うと解釈しても良いのだろう。


『ではご主人様。私は一端、姿を消しますね』


 部屋の前に辿り着くと、依々那がそんなことを言った。


「なんでだ?」


『アバターは使用者以外には目に見えないので、他人と会話する際には存在しない方が良いのですよ。俗に言う、マナー違反なので御座います』


 例えるならば、人との会話中に他人とメールをするようなものか。


『というわけで私は眠らせてもらいます。何かあればこちらのベルを鳴らして下さい』


 画面の端に銀色のベルが配置されると同時に、依々那の姿が少しずつ透明になって消えた。


「取り敢えず……入ってみるか」


 銀の腕輪を電子ロックに近づける。送られてきた認証データが照合された。ランプが緑色に点灯し、ロックが解錠される。

 そして、ドアを開けると――。


「……え?」


 視界に映るのは、惨状だった。

 手前のローテーブルの上で転がるコップ。中に注がれていただろう飲料はテーブルを水浸しにし、更には縁から零れ落ちて、純白のカーペットに茶色い染みを作っていた。


 奥にいる金髪碧眼の少女が、両手に女性物の着替えを抱えながら、呆然と翔子を見る。


 そして、翔子の目の前には……半裸の女性が二人いた。

 栗色の髪をした少女が、可愛らしい下着姿を披露する。隣の紫がかった紫髪の少女に至っては、上半身が丸裸だった。


 全員が彫刻のように固まって動かない。

 唯一、紫髪の少女だけが、平然とした顔で告げた。


「……えっち」


「……すまん」


 踏み出した一歩を後ろに引いて、開いた扉を静かに閉める。

 流石の翔子も、これには動揺を隠しきれなかった。

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