第8話
「じゃあ最後は端末についてだ。皆、机の上にあるケースには気づいているな? そいつを開けてみてくれ。……あぁ、乱暴には扱うなよ。一応、精密機器だ」
指示通り、机の上のケースに触れた。薄く、黒い正方形のケースを開けると、中には銀色の腕輪が収められていた。内側にも外側にも、奇妙な模様が刻まれている。
「中等部からの進学組は知っているな。その腕輪はITEMの一種で、
エーテル粒子による技術を利用した道具の総称を、ITEMという。
つまりこの腕輪は浮遊島でしか使えない、最新技術の内の一つだということだ。
既に使い慣れているらしい進学組が、留め具を外して腕に器具を通す。翔子は見様見真似でブレスレットを装着した。金属の冷たさを感じながら、腕輪のスイッチを入れる。
「おぉ」
ブン、と虫の羽音に近い起動音と共に、翔子の目の前にウィンドウが展開された。外枠は青く、内側は半透明となっており、奥に現実の光景が透けて見える。
「ちなみに、天防学院の制服扱いとなっているITEM――
えー、とブーイングの嵐が亮を襲う。生徒たちも、亮の強面に慣れてきた頃だった。
飛翔外套。流石にそのくらいは翔子も知っている。浮遊島の名物であり、ITEMの代名詞だ。外套の形をしており、身に纏うことで空を飛ぶことが可能となる。
(空を飛べるのは、明日からか……)
残念だが仕方ない。楽しみにしておこう。
その時、ピコンと電子音が響き、斜め下に吹き出しが表れた。
吹き出しには『チュートリアルを受けますか?』と記されている。
「残りの時間は万能端末のチュートリアルに当ててくれ。……あ、進学組もちゃんとやっとけよ。高等部向けに、新しいプログラムがインストールされてっから」
展開されている画面に指で触れると、きちんと反応が示された。指には何も器具を付けていない筈だが、これもエーテル粒子の力か。……仕組みはさっぱり分からない。
取り敢えず、翔子は表示される選択肢の内、『はい』を選んだ。
「ああ、それともう一つ。自衛科に所属する生徒は聞いてくれ」
亮の声に、翔子は顔を僅かに上げる。
「自衛科の授業は基本的に、四人一組の班で臨んでもらう。これは授業ごとに決めるものではなく、基本的には一年間固定するものだ。よって自衛科に所属する生徒は、本日の午後六時までに四人一組の班を作ってくれ。他のクラスの生徒を入れてもいいし、男女混合もありだ。
ちなみに……知っているとは思うが、自衛科は学生寮も特殊だ。一つの部屋を班のメンバーで共用することになっている。女子諸君はそこんとこも踏まえて班員を選べよ。
班の登録や申請は、全て端末で行える。申請すればすぐに寮の部屋番号が割り当てられるから、それ以降はすぐにでも学生寮を利用できるぞ」
最後に亮がそう説明してから、授業終了を知らせるチャイムが鳴り響いた。
「今日はここまでだ。転入組は、あんまり羽目を外し過ぎないように注意してくれ」
亮が締め括り、その日の授業が終わった。
多くの生徒たちが気を抜く中、自衛科の生徒だけは硬い表情を浮かべる。
行動力のある生徒は、既に班への勧誘を始めている。特に進学組は、同級生のうち半数近くが顔見知りだ。日頃の付き合いの延長で気楽に班を結成する者も現れ始めた。
「し、篠塚君! よければ私と班を――」
「おい、抜け駆けは卑怯だぞ!」
隣の席が騒々しくなった。
期待のルーキーかつイケメンということもあり、達揮はあっという間に教室中のアイドルと化していた。一方……もう一人の注目株である翔子には、誰も近づかない。
(まあ……普通は様子見だよな)
ちらちらとこちらを見ている生徒はいるが、それは期待や好奇心というよりも、訝しむ視線だった。英雄の推薦を受けているが、得体が知れない。そんな疑心が見て取れる。
「お先」
一応、隣の達揮に声を掛けてから、教室の外へと向かう。達揮は何か言いたげだったが、人集りに囲まれて身動きできそうになかった。
「……余り物のグループでいいか」
欠伸をしながら、呟く。
班のメンバーは誰でも良い。どのみち知り合いはいないし、多少親しくなった達揮も、あの姦しい集団に目をつけられるくらいなら遠慮なく手放そう。
歩きながら万能端末を操作し、チュートリアルを再開した。
学院で使う教材は殆どがこれ一つらしく、インストールされている教材一式を確認する。ネットワークに接続できるため、スマートフォンやPCと同じ扱いもできるようだ。
「ん?」
全てのチュートリアルを終えた後、妙な選択肢が画面に現れる。
『サポートアバターを作成しますか?』
注釈の欄には、その説明が記されていた。
要約すれば、人工知能を搭載した新型サポートシステムといったところだ。興味本位で「YES」をタップする。今度は複数の質問が繰り出された。
「……成る程。この質問に答えることで、アバターの人格や言動が決定するのか」
心理テストに近いものを感じながら、翔子は次々と質問に答えていく。
自分に自信がありますか? ――いいえ。
人付き合いは得意ですか? ――いいえ。
他人の感情の機微には敏感な方ですか? ――いいえ。
異性、もしくは恋愛に興味はありますか? ――いいえ。
最後の問いに答えた後、「アバター作成中」の文字が表示される。
同時に、注意書きが小さな文字で表れた。
『本サービスでは、利用者の性格および能力の特徴を分析し、利用者にとって最も相性が良いとされる人格をアバターに与えています。場合によっては利用者の思い描いた理想とかけ離れた人格となることもありますが、ご了承下さい』
「……なんだそりゃ」
要するに、どんなアバターができても文句言うなということだ。
あまり細かいところを気にするわけでないが、せめて口煩いアバターだけは勘弁して欲しいと切に願う。
でかでかと表れる「御対面」と記されたボタンをタップした。
『きゃるる~ん! 初めましてっ、ご主人さ――』
「うるさっ」
即座に腕輪のスイッチを切り、アバターとの対面を中断。
鼻にかかったような甘ったるい声が聞こえたような気がした。ゆっくりと空を眺め、深呼吸することで、頭を真っ白にする。そして、改めて端末に触れた。
『ちょっとご主人! いきなり何するんですかっ!』
妙に甲高い声が再度響く。翔子はあからさまに嫌な顔をして、画面を見た。
赤色を基調とした和服を纏う、二頭身の娘が八重歯を覗かせて騒いでいる。頭からは黄金色の獣耳が生えており、瞳は真紅。和服の隙間からは一本の筆先のような尻尾が見えていた。
『聞いてますかっ、ご主人様!』
舌足らずな声音が癇に障り、翔子は首を横に振った。
「チェンジで」
『どういう意味ですかっ!』
検索フォームに「お前を消す方法」と入力する。
『わああああああ! 何をしてるんですか!? 私の享年、三十秒にするつもりですか!』
「うるさい。引っ込め」
『ムキーッ! 寧ろ勝手に作ったのはそっちでしょう!』
正論を言われるも翔子は引かない。
人工知能とは言え、もっと機械的なやり取りを想像していた翔子にとって、目の前で怒鳴り散らす二頭身キャラクターは完全に想定外だった。
『大体何ですか、初対面にも拘わらず、その無気力な目は。外はこんなにいい天気だというのに、ご主人様の周りだけちょっと暗くありません? 陰気臭いですよぉ~?』
「これか? …………違うか」
『ちょちょちょちょっと! さらっと私を消そうとしないで下さい!』
電子機器の扱いに慣れていないことが悔やまれる。翔子は舌打ちした。
『さてはご主人、私がどれだけ便利かわかっていませんね!?』
焦燥しながら告げるアバターに、翔子は「む」と口を噤んだ。
「何かできるのか?」
『えぇ、えぇ、何でもできますとも。行き先を教えていただければ瞬時に道を提示しましょう。欲しいものがあれば、瞬時に最安価で取り扱っている店をお伝えしましょう。私はご主人様の知らないことを幾らでも知っております』
「……馬鹿っぽいけど、案外有能なんだな」
『そうでしょう、そうでしょう! って、誰が馬鹿ですかー!!』
プログラムにしては随分と感情豊かだ。これは高性能と取っていいのか、面倒臭いと取るべきなのか。判断が難しい。
『プロフィールを確認したところ、ご主人様は今日、天防学院に入学したようですね。……それで早速ぼっちですか。まぁそんなんだから、私みたいなアバターができたんでしょうけど』
機能はこのままで、もう少し大人しくなってくれれば理想だが……注釈の欄に記されている文章が現実を知らしめる。二回目以降のアバターの作成は、有料となるようだ。
『ところで、ご主人様』
「ん?」
やや遠慮がちな様子で、アバターが声を上げる。
『その、ですね。そろそろ私に名前を付けてもらいたいのですが……』
「名前って……アバターには名前をつけるのか?」
『一応、それが一般的でございます』
端末をインターネットに繋ぐ。新たなウィンドウが表示され、狐娘の姿が半分隠れた。狐娘はすぐに身を翻して画面の前に出る。
翔子は検索フォームに「アバター 名前」とキーワードを打ち込んだ。
「よし、この中から好きなものを選べ」
百種類近い名前候補を前に、翔子が満足気な表情を浮かべる。
しかし、狐娘のアバターは、がっくしと肩を落とし、
『ほんっっっっとうに、ご主人様は馬鹿ですね!!』
沙織に勝るとも劣らない勢いで、アバターが怒鳴り散らす。
『私は、ご主人様に決めてもらいたいんですよ!』
「そう言われても、俺、センスないぞ?」
『え? ……い、いえ、それでも構いません! さぁどうぞ、一思いに!』
「じゃあ、コケシで」
『ししし失礼な! 手も足も生えておりますっ! ……って、わあああっ!? 入力を止めて下さい! 後生ですから! 他の名前でお願い致しますっ!』
「我儘な奴だな」
猛烈に焦るアバターに、翔子は小さく息を吐く。
黙考する翔子は、視界の片隅に、滑空する人影を捉えた。
水中を泳ぐ魚のように、少年少女が宙を飛翔していた。何やら宙を転げる真っ赤なボールを蹴り合っている。浮遊島でしかできないスポーツ、空中サッカーだ。
自由自在に空を駆け回る子供たちを見て、翔子は小さく呟いた。
「……いいな」
『いーな、で御座いますか?』
どこか嬉しそうに訊き返すアバターに、翔子は「ん?」と話の齟齬を感じる。
齟齬云々を前にして、そもそも今のは独り言なのだが、アバターは聞いちゃいなかった。
『いーな、いーな……悪くありません。いえ、寧ろ私にぴったりではありませんか!』
「え、あ、いや……ん?」
『ご主人様、このような素敵な名前を付けていただき、感謝します!』
「お、おう。感謝しろよ?」
『はい!』
喜色満面といった様子で、翔子の周囲を飛び回るアバター……もとい、いーな。今更誤解を解くのは面倒臭そうなので、翔子はそのまま放置しておくことにした。
『それでは決定しましたっ! たった今、この瞬間から、私は依々那で御座います!』
画面上辺に大量の紙吹雪が舞い、どこからかファンファーレが鳴り響く。飛び回る依々那の幸せそうな振る舞いに、翔子は何度目か分からない溜息を吐いて、再び歩き出した。
『ではご主人様、名前を付けて下さったお礼に、この依々那が島を案内しましょう!』
「それは助かる。頼むぞ」
『お任せ下さい! まずは――』
意気揚々と画面に地図を展開し、依々那が目的地と道順を定める。無気力な少年と、口煩いアバターは、その後も下らない会話に花を咲かせながら、浮遊島の街を歩いた。
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