第3話 私は私ではない

 これはスーパーでの一幕だ。


 彼女は俺には話しかけまくった、が俺は無視していると。


「可愛そうじゃないか」


 と若夫婦?らしき人物に声をかけられた。


 妻のほうが言う


「パートナーとて人格があるのですよ」


 この町にはイカれた人物が多数いる。近くに精神病院があるのが原因だろう…………。


「ああ、彼女は別におかしい訳じゃないのだよ君の写し鏡を見ることが出来るだけだ、我々はまた仲間なのですよ」


 夫のほうが言うと


「ついでに、私たちは夫婦ではありません、彼は一幻覚です、あなたの愛しカラスちゃんと同じようにね」


 妻と思っていた女がそう口にする。


 ………………心を読まれたな。しかしなぜだ心こそが原理的には絶対不可侵領域のはず。


「読心は霊視者の基本だよ、まあ最も……たいして読めないですけどね、今回は初体験ということもあって霊的防衛力がまるでないから読めただけです、意識すれば簡単に遮断でます、今はもう読めない」


 女……髪は茶髪の普通の要望だが男は違ったCDやDVDの裏面のような毒毒しく輝く瞳を持っていた。


「そこで話をしよう」


 男はそう、雑踏の中にありながら孤立感のあるベンチを指差した。


 席に着くと


「あなたはユング心理学…………いや、ユング派精神分析というのをご存知ですか?」


 男はそう言う。


「名前を知っている、とか集合的無意識とかなら知っている、ぐらいを知っている。にいれるなら、知っている。と言えるでしょう」


 俺はそう答えると


「もし、集合的無意識というものが実在するならば、それはどのようなものでしょうか?」


 男は毒毒しく輝く瞳を向ける。


 瞬間。


 私は、宇宙を見た。…………正確には宇宙的存在者を見たというべきであろう。


 その宇宙的存在者は刻々と小さな泡を作り出し糸でつなぐ、糸の先には様々な形があり、色があり、質感があった。


 ぐわん。


 俺は男を視界にいれる。


 風景は薄汚れたスーパーの一角。誰からも顧みらられることのないベンチ。


「今のが集合的無意識です…………むしろ魂の海というべきでしょうか」


 男は指を指すと


「運がいい、彼女は卵を落とし……拾い上げマジマジと見つめるとエコバッグに戻します」

 すると中年の女が男が言ったような行動を実際にした。


「もし、集合的無意識というものが実在するならばそれは時間に縛られているのでしょうか?ええ、仮に縛れているとしましょう、すると古代人も未来人も現在の集合的無意識と関係を持つことになります、そして集合的無意識は人々の行動に影響を与えます…………すると、どうなるか?簡単です、現在すなわち過去が未来に影響を与える。つまり『結果』と『原因』が入れ替わるのですよ」


 男は次に指を振ると、連れの女がガクンと動かなくなる、そして女は財布から小銭を取り出しコーヒー缶を男に手渡す。


「つまり、今私の言葉が『結果』が卵が落ちるという『原因』で引き起こされる訳ですよ。もちろん、あの高さからならば卵は確実に割れます、しかし割れませんでした。それはあの女性の258円つまり卵に罪はないので割れないことにした。」


 コーヒー缶を傾けながら男は


「我々は常識に縛られている、個々人は個々人の常識を持ち、その集計が世間の常識になる。というのは間違いですまず大きな常識があり、それが個々人を捉える、もちろん角度によって見えかたが違いますけどね」


 滔々と語る


「ならばまた現実とは何か?それは現象の集計ですよ、そして先ほどの例をとるならば現象の集計があって個々の現象がある訳です。そして、世界には現象しか在りません、なぜなら現象こそが出来事であり、世界は、出来事で出来ています…………そこで問題が発生する集合的無意識とは何か?実在するならば、それは自然的か超越論的かはおいといてナニかでなければならない」


 男の語りに


「仮に集合的無意識が実在すらなばそれは超越論的すなわち、まあ、超越論的という言葉の意味を世界の論じかたとするならば、超越論的な……ある種の仮説……?なのか?」


 俺は実は超越論的という言葉がよく解っていないので適当に濁したが、集合的無意識は自然的には無いだろう。


 すると男は


「世界は精神で出来ています、誰も認識しない物は存在できません。というより認識=存在なのです。すると問題がおきます、すなわち原子この場合は物理的な原子は発見される存在するのか?……答えは然りです無意識、それも集合的無意識において彼は認識していたのです、ただその原型の解釈が変化した、と言うべきでしょうか、ああ、原型とは集合的無意識の存在者であり究極的な世界の在り方です」


 男はコーヒー缶を置くと


「それでは」


 と去っていった。


 俺がコーヒー缶をじっと見ていると。


 コーヒー缶がずり落ち消えた。


「途中で気付いたと思うけど、あれは幻影だよ、もちろん女も、コーヒー缶もこのベンチも」


 俺は雑踏の中にいた。


「あれは君の幼児的万能感や超越的な権力への屈従の虚像……また君を写した鏡だよ、あの哲学は君を表す。あの哲学的な語りすら、君の幼さを表す。君が選ばれた何かであることを雄弁に語らねばならぬ道化として、君は薄々気付いている、いやはっきりと理解している君は『特別』でなく世界は『特別』であると。君は世界のとるに足らない一部分似すぎない」


 彼女がそう言うと


「いかにも、故にあまりリアリティーにはこだわらないようにしているんだよ、俺は」


 ボソリ、呟いた。


 その言葉は雑踏に紛れ消えた。


 そして、雑踏も消えた。


 俺は一人のポツンといる。


 また、俺は神になれなかった…………。


 彼女はいない。


 彼女は俺の書いた小説……と言うには不出来か、その中に……。


 俺は一人。俺は俺である。


 たが哲学者はそれでいいが『人間』はまた他人に自分を求めなければならない。


 俺は一人。


 どこへ行っても一人。


 親といても一人。友達といても一人。好きな女の子といても一人。誰といても一人。


 俺は俺である。


 だけど本当は知っている。俺は俺でない。


 俺は目の前にいる精神科医。俺はその横にいる看護師。俺はその後ろにいる警察官。


 ああ、また俺は何かしたのか?


「また、監獄暮らしですか?」


 俺は俺にそう問う。

 

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