第2話 私はあなたである
その後警察を呼んでも俺の言葉つまり、ガラスが割れ、女がいたという事実は。一つの悪戯として処理された。
超自然的現象たる彼女に俺は恐怖しなかった。
彼女には何か、……こう懐かしさ?というより、仲間意識を感ずる。
「そりゃ、そうさ、私は単純端的に言って君の幻覚というヤツだ」
毒毒しく輝く瞳をこちらに向ける。
「……つまり、俺は本格的にオカシクなったと?いうことかな」
俺は自分に問い直す。幻覚をみなけれびならぬほど過剰なストレス環境下にあったとかと。
いや、このような精神的異常の前に記憶など宛にならない。
俺は、また、健忘症にでもなったのだと言えば、現実なるものと俺の記憶の齟齬は解消される。
まあ、もし何らかの原因で幻覚が見えるのならば、その原因は知らぬほうが良いのだ。
「あー辛い過去とかじゃないと思うよ」
彼女がそう言う。しかし、もしこの彼女が俺の脳が見せる幻ならば俺を欺くだほろう。何せボスは俺を欺く俺の脳なのだから。
「とにかく、幻覚なら幻覚でいいんだ、あなたが実は生き霊で私は霊能力者との争い事や、天使やら悪魔で神の試練を潜る受難者でもなく、単なる虚像ならば問題はない、俺はあくまで楽して生きていたいのでね」
しかし、問題もある。このまま、俺は俺でない何かになるのではないのだろうか?
などという陳腐きわまりない話ではない、このような重篤な、精神疾患すなわち幻覚は、また現代精神医学の礎として臨床例となるべく俺は入院にさせられるかもしれない。という話だこれは由々しき事態である。あの監獄には戻りたくないものだ。
「外では話しかけるなよ、特に病院ではな!」
俺が強く念を押すと
「それはできかねるな、君はまた、内向的であるように私はまた外向的であるんだ、幻影に内はない。また、君に私を認識して貰わねば私はいつ消えるとも知れない儚い命、偽りとは云え私もまた一つの命なのだから、それなりに力を出すさ」
彼女そう言うとバスタオルを差し出す。
幻覚にそんなことはできるはずはない。
俺は意識を集中すると
バスタオルはもとあった場所に消えた。
「君は私を否定するのかい?」
彼女は儚げに笑う。
「俺もまた身体を持つもの……幻影とは違う……がまあ暇潰しの相手は出来たかな?」
はあ、仕方がない、諦めるか。
シャワーを浴びようと服に手を掛けた瞬間。
「そう言や見られるのか?」
この幻覚に見るなどという事はできるかは知らないが俺は意識する。
「恥ずかしいだけど」
俺が幻覚に向けてそう言うと
「うーん、そう言っても、君は本当は何を望むかで私は変わる、まあ、ここは『意識』に免じて目を瞑ろう」
彼女は毒毒しく輝く瞳を閉じる。
ゴソゴソと服を脱ぎ後ろを見ると
ガッツリこっちを見ていた。
そして、
「幻影は欺く、言ったろ私は鏡像だ、それはありのままを写すかもしれないし、反対を写すかもしれないし、君はまた、人類の原罪をその浴室で脱ぎ捨てたのだよ」
彼女は舌をなめる。
「らしい事は言ってはいるが意味が解らんぞ」
俺の言に
「理解はできないさ、なぜなら私は君を見たいという欲望に負けた、しかし、それは君自信が私を見たいという欲望に負けた事から生まれた事実であり、その、まあ、言い訳だからね」
彼女は白い歯を見せる。と服を脱ぎ出す
「相互贈与だ私もまた、見せよう」
彼女はそう言うと、また一糸纏わぬ姿となった。
「ちょちょ、も。いいよ」
俺は少しマジマジと見た後シャワー室に入る。
身を清めた後
「君は疑問に思わないかい?なぜ女体など見たことない君が女体を写し出せるか?」
問いかけると
「君はまた女体を見たことがある、それはどこでか?世界の構造の中でだ」
彼女は続ける。
「こう言うといささか神秘的に聞こえるかもしれないが君は世界の全てを見た、しかし……まあ、いいか要は君はまた、世界の特権的地位に居る。チョーエツロン的とでもいうのかな、ありふれた特別だ」
彼女謎めいた事を言う。
「そう、私はシビュラなのだから」
と締めくくった。
「世界の在り方に関する神秘的な学説は古今東西様々にあるが実態は霊視者の夢として処理される、端的に言ってナンでも知ってる人間はその実何も知らないのだよ」
彼女の言葉に
「ならばナンにも知らない人間はナンでも知ってる人間であると?白痴こそが賢者であるというのはいかにも神秘的主義的価値観であるな、そういや……」
俺は何を思い出すよう用に
「アリストテレスはなにも知らない空トボけもナンでも知ってる傲慢も叡知にはほど遠いとどこかで言ったような」
と言うと
「でもその中途半端な叡知こそが全ての誤謬の元であり間違った手引きであるとも言えるね」
と彼女はシャワーを浴びる俺に語りかける。
「カテゴリー論か?」
俺の問いかけに
「その通りさ、端的に言って思考とはカテゴリーによって区分される料理に過ぎない、と。しかし無自覚な配列をされたカテゴリーこそが全ての誤謬の元でありそれは批判的でなければならない、とカントは申し上げた」
彼女は中には入ってこない。
「カテゴリー論など、まったく下らない実際カントのカテゴリー論とてライプニッツ=ヴォルフ学派の論理学表をもろパクリしたモノと批判されている第一にカテゴリーとは可変的なのだと思う、なぜならカテゴリーが可変的でないのならば人は何も変われない、不幸なことに人は変わるものだ」
俺は石鹸で頭をガシガシ洗う。
「まあ、私はカテゴリーを知っているし、誰もがそれを体験していることも知っている、が体験は言語とは違うし端的に言って体験とはまた幾重にも解釈され直される、まあ、その意味ではカテゴリーは可変的だと言えるな」
彼女はそう言うと、黙った。
「なぜ、静かになるんだ?」
俺の問いかけに
「さあ、気分じゃないの?」
と置いていくように呟いた
シャワーの音だけが響く。
「さて、清め終わった」
俺がそう言って外に出ると。少し寒かった。
「これが自然ね」
俺がそう言うと
「これまた妙な……我々に自然などないというのに……君は真理を知るもの、性格に言えばその卵だがとにかく自然なるものは我々にはない」
彼女は後ろを向いてこちらに言うと
「君は幻影で俺は生物だ、根本的な存在論的な位が違うし、幻影には自然などないかもしれないし真理は厳然として現前に洗われるかもしれないが、生憎俺は一生『物』なので真理なる観念的な代物とはある種の縁がないというべきだね」
そう言うと
「戯けた哲学的禅問答は終わりにして少し遺憾ながらも現実に目を向けよう食料の買い出しだ……いつも虚しくなる食事の……俺が単なる物だと確認される食事の準備の一つだ、あんまり話しかけるなよ」
俺が彼女を見ると
「それは出来かねるね、フクロウ役がいる程、崇高な存在ではあるまい、君はカラスで十分だ」
かつて叡知の神アテネの肩にはガラスが乗っていたがあまりの軽佻浮薄ぶりにフクロウに鞍替えしたという逸話がある。
「はあ、肩にイタズラ者が乗るとはアテネの肩も凝るもんだと思うよ」
俺のため息と共に出た言葉に
「ようやく私をパートナーと認めたか」
彼女はCDやDVDの裏面のような毒毒しく輝く瞳を細める。
「もう、いいよ、それで」
俺は諦めた。
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