他人

坂西警護

第1話 あなたは私である

 ある日、突然。俺は目覚めてしまうかもしれないたろ?


 そう言って。家族に顰蹙を買った御歳二十三歳。

 俺は腫れ物になった。


 とにかく俺は自堕落な性格で、もう、どうしようもないヤツであった。


「世界の在り方そのものを変えよう……」


 それはかき消された言葉として宙を舞う。


 部屋。


 それは一つのパーソナルスペースとして機能する。


 精神分析的に言えば……。いや、俺が精神分析の何を知っていると言うのだ。


 スラヴォイ・ジジェクの『イデオロギーの崇高な対象』を手に取る。


 この手の本の中では比較的分かりやすい本ではあるが何回か読んでもいまいち分からん。


「俺は今、一人。起こしてくれる人もいない」


 孤独というか孤立というか孤高というか孤がつくものだ。


 収入は障害者年金。青い手帳の産物だ。


 漫然と生きるには足る金だが、何かするには全く足りない金。


 全ては金で動いている。また金とは欲望の表象であり、交換の指標であり、糞便の象徴である。


 なぜ?金という世界に燦然と輝き君臨している万物の王たる金が、なぜ糞なのかは俺は知らない。


 なんかフロイトの話だ。


 たが、フロイト。本名ジークムント・フロイト。この胡散臭い男は世界の神秘を知っているのか?


 はあ、こんな戯けた事を考えても仕方がない。世界の神秘を知るフロイトよりも、確かに凡俗なもの人々にエンゲル係数として重くのし掛かる『食料』を買い出しに行かねばならない。


 そういや三日はシャワーを浴びていないな。


 俺は、伸びた髭をさすりながらシャワー室を開けると。


 『人間』が居た。


 俺は、慌ててドアを閉める。


 やベー。


 そんぐらいしか感想が思い浮かばなかった。


 もう一度、ドアを開ける。


 やはり『人間』がいる。


 彼あるいは彼女はは入居して三年間で洗ったことの無い浴室の壁の黒カビではない。


 肩が、上下する。


 生きている。


 よく見ると窓ガラスが割れていた。


 ああ、そこから入ったのか……。


 よく見るとその人は女性であった。胸に詰め物をしているのでなければな。


 服装は、よく解らんが、しまむらファッションだろう。傷はない。


 彼女は目を開ける。


 その瞳は七色に輝いていた。


 『人間』じゃない?


 瞳の色はメラニン色素で決まる、多ければ黒くなり少なけば青あるいは赤になる。


 そもそも、人間のCDやDVDの裏面のようなキラキラと毒毒しく輝く瞳にはならない。


「あー」


 彼女はビクンと動く。


「あー私はー私は~私である」


 彼女は無機質に赤い唇を動かす。


 異常者か?いや、彼女も困惑しているのか?


 毒毒しい瞳を、向けると。


「あー、今から、ケータイで警察に連絡してくれないかな」


 ニコニコ笑ってそう言った。


 割れた窓ガラス代は賄わないとな。


 部屋にスマホを取りに行こうとすると。


 ジャリ……ガラスの、音が、ジャリ……ジャリ。擦れる音が聞こえる。


 俺は身が硬直すると。


 彼女は、


 俺に抱きついて。


「無駄だよ」


 と囁く。


「うお!」


 俺はビッショリ濡れ……?てない彼女に抵抗できない。


 知らぬが仏、知れば何になるのか?


「あー私は君の鏡像だから……」


 鏡を見ると感覚的に居る俺の位置に彼女が、そして彼女に抱きつく俺の姿が。


 表情が抱きつく俺は困惑し恐れているのに、抱きつかれている彼女はニコニコ笑う。


 なんとも言えない、異様な現実感のなさ。


彼女は声が聞こえる「君の欲望の」鏡の彼女は言うのだ「写し鏡だ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る