11-4

「人に訊かないと色もわからない。自分に似合ってるかどうか、どんな色をしているのかさえも想像ができないの。深い色とか淡い色とか、膨張色とか収縮色とか言われてもそういう言葉があることくらいしかわからないのよ。そんな私といて楽しい? どうかしてるわ、アナタ」


 そうか、一色が不機嫌になったのは俺だけが原因じゃなかったのか。服を見ているときに何度も色を訊かれた。きっと質問をする度に自分に対しての憤りがあったんだ。


「どうかしてるだろうな。だからさっきも言っただろ。そうでもなきゃお前とデートを成功させることなんてできないんだって」

「面倒じゃ、なかったの?」

「色を訊かれたことか? そりゃ面倒だよ。でもそんなの誰だってそうだろ。食事にいって「それ美味しい?」って何度も訊かれりゃお前も面倒だろ? でも「それ美味しい?」って訊くんだよ。あの番組どうだったのとか、あのゲーム楽しかっただとか訊くんだって。だったら別にいいだろ。みんなやってんだよ。それが普通なんだ。それがなにかを確かめるために訊くことは悪いことじゃないし、それが面倒だと思ってもそれが原因で仲違いするくらいだったら元々相性が悪かったんだ」

「でも私のは自分で確認しようがないのよ。他者に依存することしかできない」

「それならそれでよくない? 深く考えすぎだ。まあすぐには変えられないだろうけどな、そういうのも普通なんだ」

「でも……」

「でもじゃない。俺がいいつってるんだからいいだろ。この服何色って質問に答えるくらい簡単だ。面倒には感じても嫌だとは思わない」

「面倒だと思われた時点で、私にとっては忌避すべきことなのよ」

「じゃあ、そうだな。お前にいいことを教えてやろう」

「いいこと?」と彼女が首を傾げた。正直俺も千歳さんに言われたことなのでピンときているわけではないが、人生の先輩である千歳さんが言うのだから間違いないだろう。

「女は少し面倒なくらいがモテる。これよ」

「モテるって、自分でなに言ってるかわかってるの?」

「わかってる。お前は面倒な女だ。だからモテる。それでよくないか? 無駄にあれこれ考えるなよ。相手がいいって言ってるんだから、お前は深く考えずにそのままでいればいいよ」


 二本目のペットボトルを開けて半分くらい飲んだ。こんなところで長話をするものではない。特に俺は一色と違って日傘を持っていない。首筋はじりじりと焼かれ、全身から汗が吹き出てきて仕方がない。


「わかったら帰るぞ。さあ帰ろう。もう限界だ」


 立ち上がって、一色に手を差し出した。


「そう、ね」


 俺の手を取って彼女も立ち上がった。俺が言わんとしていることを理解してもらえたようでなによりだ。


 この公園は家からは少し離れているのでしばらく歩かなければいけない。ペットボトルを二本買ってきておいてよかった。帰るときに自販機でもう一本買う羽目になるだろうが。


「外村くんはどうして私に優しくしてくれるの?」

「優しくしてるつもりはないけどな。でもそうだな、ほっとけないってのはあるかも」

「自分ではお転婆という認識はなかったのだけど」

「なんつーか、目を離したらなにするかわかんないからな、お前。いつ暴走するかもわかんないし」

「じゃあ、その、そうね」

「なんだよ、言いたいことあるなら言えよ」


 そんな気がしたのだ。俺の意見を肯定したように捉えることもできるが、そうではないような気がしてしまった。


「できればこういうところでは言いたくないのだけれど……」

「場所を選ぶ話なんてあるか? 言いたきゃ言えって」


 なんだかもじもじとしているがじれったくて仕方がない。


 そこで、彼女の足が止まった。


「どうした?」


 後ろを振り返れば、一色が両手でしっかりと日傘を握りしめていた。口を横一文字に結い、暑さのせいか顔は真っ赤に紅潮していた。


「私から、目を離さないでほしいの」


 言われている意味が理解できなかった。確かに目を離したらなにをするかわからないとは言ったが、それをそのまま取られるとこっちも反応に困ってしまう。


「それってどういう意味?」

「ずっと私を見てて欲しいって言ってるのよ!」


 目を閉じて力強く言い放った。


 予想していなかった。いや違うな。そんなことは言われないだろうと勝手に決めつけていたんだ。


 俺と一色はたぶん友人関係と言っても差し支えない。でも男女として考えれば彼女は高嶺の花なんだ。高貴で汚れのない、触れてはいけない純白の花だ。だからこそ俺はそれ以上の関係を望もうとしなかった。


 一直線に、彼女の瞳が俺を射抜いた。


 ああそうだ。俺は彼女のことを美人だと思ってる。でも彼女に近付いたのは美人だからでもなければ、彼女の目のことを可哀想だと思ったからでもない。なんてことはないんだ。クラスメイトとして接して、女子として意識していたんだ。


 ただ、それだけのこと。


「それは友人としてってこと?」

「ち、違うわよ!」


 一歩、彼女に近付いた。二人の距離はほとんどなくて、少し視線を下ろせば彼女が見上げている。


「一色がよければずっと見てるよ」

「見てるだけ?」

「ちゃんと一緒にいるって。なんでストーカーみたいなマネしなきゃいけないんだよ」


 お前らじゃあるまいし、とはさすがに言えなかった。


「アナタならやりかねないと思って」

「人をなんだと思ってんだ」


 俺は「ほら行くぞ」と歩き始めた。一色は駆け足で並び、俺は彼女の歩調に合わせた。


 ちゃんとした告白はなかったが、そういう意味だと思っていいだろう。奇妙な関係が、また一歩前進した。リュウと天羽になんて説明すればいいのかを考えながら足を動かし続けた。


 一色は俺の家に向かおうとしていたがさすがに拒んだ。まずは彼女を送り届けなければならないからだ。


 俺が住むマンションから少し離れた場所、新しいマンションの前にやってきた。


「高そうなとこに住んでるな」

「アナタが住んでるところも高いと思うわよ。家、寄ってく?」

「さすがに女の子の家にいきなり行くのは抵抗あるな。イヤなわけじゃないんだぞ? もうちょっとちゃんと階段を登りたいって意味でな」


 決して尻込みをしたわけではない。決してそういうわけではないのだ。


「じゃあ、次の機会はお茶くらいは飲んでいってね」

「次はな。うん、次はそうする」


 一色は一つ頷き、マンションへと向かっていった。そして入り口の前で振り向いた。


「好きよ、未陽」


 そう言って、ダッシュでマンションの中へと入っていってしまった。最後に見た彼女の顔は、今まで見た中で一番赤かった。


「そりゃ卑怯だろ……」


 一色があんなこと言うなんてさすがに想像できなかった。さっきだって煮えきらなかったし、俺と一色はずっとこのまま行くんだなと思ってた。


 でもいい顔が見られて嬉しかった。俺が想像できないような、一歩上を行くようなことをしてくる人だってわかったから。きっと、この先も楽しくやっていかれるはずだ。


 マンションに背を向けて帰路についた。家に着くまでの間、俺の胸は強く、早く脈を打っていた。

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