11-3
服屋を出た俺たちは出口に向かって歩き出した。一色の足が向いたのでそろそろ気が済んだということだ。
「なにか欲しいものとかはない?」
「あったらどうすんだよ。買ってくれるのか?」
「お礼として洋服の一着でも買って差し上げようと思って」
「いいってそういうのは」
「でもお礼をしたいために誘ったのよ? 断られると困るわ」
「困るって言われても俺も困る。それにお礼ならアイスで十分だ。あー、いや待て。帰るときにジュース奢ってくれればいい」
「物欲がないの?」
「お礼はお前とのデートでいいって言ってんの。俺みたいな冴えない男でもこんなにちゃんとしたデートができたんだ。十分満足したよ」
「私とデートして、嬉しかった?」
「そりゃ嬉しいでしょ。どんな男だってお前とデートしたいって思うよ」
「外村くんも、そう思ってくれてたの?」
発言の意図がわからず彼女の方を見やる。しかし表情は読めなかった。
「思ってたよ。こんな美人とデートできたらって」
一色の顔色が一瞬にして変わった。
先程見た笑顔とは程遠く、暗く、悲しそうな顔をしていた。
「そう、それはよかった。私は帰らせてもらうわ、さようなら」
一色は俺の手からビニール袋や紙袋をひったくると、そのまま一人で歩いていってしまった。
「なんなんだよ……」
デパートの中は家族連れで賑わっていた。カップルもいれば、一人で買い物に来ている人だっている。つまりたくさんの人がいるのだ。
にも関わらず、俺の耳には彼女のミュールの音が大きく聞こえていた。
間違いなく不機嫌だった。いや、不機嫌になった。転校当初のように突き放され、俺はここに取り残されてしまった。
いつしか一色の姿は人混みにかき消され、きっと今頃は外に出ていることだろう。歩くのは速い方だし間違いない。
急に不安がやってきた。
俺は確かに彼女を怒らせたのかもしれないが、怒らせた理由がわからない。
「こんな美人とデートできたら……」
その言葉を聞いて一色は不機嫌になった。どうしてだ。それのどこがいけないのか。
わかってるじゃないか。そんなこと、彼女に直接訊かなくたって俺はわかってるし知ってるんだ。
ずっと、他者からの視線に敏感になってきた一色だからこそだ。自分の見た目がいいこともわかっているけれど、自分の内面が人と少し変わっていることもわかっている。そして「外側からは見えないコンプレックス」に苦しみ続けてきた。
不安なんだ。彼女に嫌われることが。
なんで?
決まってる。
俺は、彼女の側にいたいって思ったからだ。
そして弾かれるように走り出した。
「すいません!」
何度か人にぶつかりそうになった。それでも速度を落とすことはしなかった。
駆け足のまま外に出て周囲を見渡す。さすがに歩くのが速すぎる。十分も経っていないのに姿が見えない。
帰ったとなれば家の方に行けばいいが、一色が素直に帰るとも思えない。彼女は周りが思っているほど清楚でもなければ真面目でもない。結構イタズラが好きだし、人を小馬鹿にしたような皮肉も言う。俺の想像でしかないが、そういう彼女だからこそ憤ったときに直帰するとは考えられない。
そして、俺はある場所へと足を向けた。この町に来て日が短く、まだ行っていない場所も多いだろう。自分でも「用事がなければ出かけない」と言っていた。それならば行き場所なんて限られてくる。
思いついた場所が正解であることを祈りながら、俺は一心不乱に足を動かし続けるのだった。
途中でペットボトルの水買った。そして汗を拭いながら走り続けて、俺はようやく彼女を見つけ出した。
ベンチに座っている彼女の元へと歩み寄り、水のペットボトルを差し出した。
「水分補給しないとぶっ倒れるぞ」
それでも彼女は俯いていた。日傘の陰に隠れてはいるが、お昼過ぎのお天道様の下ではすぐに干からびてしまう。
無言でペットボトルを受け取ったが、日傘を俺にぶち当ててきた。顔を隠して俺に見えないように水を飲んでいるらしい。
「痛いんだが」
返事はない。
「隣いいか」
やはり返事はないので勝手に右側に座らせてもらった。
俺も水を飲むが、ここまで走ってきたので瞬く間に飲み干してしまった。自分用に二本、一色用に二本買ってきて正解だった。四本のペットボトルのでせいで疲れた可能性はこの際考慮しない。
「さっきは悪かったな」
残りの二本のペットボトルを俺と一色の間に置いた。彼女も相当喉が乾いていたんだろう。さっそく二本目に手を付けていた。
「返事してくれなくてもいい。お前が俺の顔を二度と見たくないってくらい嫌いになったのなら、俺も極力関わらないようにする。でも言わせて欲しいことがある」
ここで返事がないのもわかっているので話を続けた。
「お前は美人だし可愛い。それは事実だ。で、お前とデートしたいって思ってる奴らはお前の容姿を見てデートしたいとか付き合いたいって思ってるはずだ。下心も込みでな。でもたぶんデートなんてしたら男どもはこぞって逃げ出すと思うんだよ。いや間違いなく逃げ出す。デートは数時間ももたない」
バンっと、飲みかけのペットボトルで胸を殴られた。
「そりゃそうだよ。お前だってわかってんだろ。お前のこと理解した上でデートしたいって男は相当物好きだな。それかお前の容姿がどストライクで性格とかそういうのまったく気にしないかどっちか」
また胸を叩かれそうになるが、俺はペットボトルを左手で掴んだ。
「一色周のことわかっててデートするヤツって奇特なヤツだと思わないか?」
ようやく視線を合わせてくれた。少々強引ではあったがこうでもしないと目を合わせてくれない。こういうところは強情で可愛くない。
可愛くないけど、気になってしまう。
「俺は逃げ出さなかったろ」
「でも途中で終わったわ」
「そりゃお前が逃げたからだ」
「逃げたわけじゃない。居心地が悪くなったから帰っただけよ」
「そんなにかわんねーだろ。まあ俺のせいだってのは自覚してるけどな。だから謝りにきた」
「別に謝ってもらうようなこと、された覚えはないわ」
「いや、無神経なこと言った。お前のこと、他の人たちよりも知ってるはずなのに外見のことだけ褒めるような言い方しちまった」
「だから、私は気にしてないって言ってるでしょう」
「俺はお前と一緒にいて楽しいよ。外見とかじゃなくてさ」
少しずつだが、彼女の目が大きく見開かれていく。
「こ、こんなところでなにを言ってるの」
「他の誰かがなにを言っても、俺はお前のこと良いヤツだって言い張れるぞ。面白いヤツだって」
「面白いってなによ」
「面白いだろ。清楚なんだか高飛車なんだかよくわからない雰囲気で喋り方だって女子高生っぽくないし、それでいて甘いものが好きとかいう普通の女子高生みたいな要素入ってて。正直人としてどうやって接していいかわからない」
「酷い言われようだわ」
「でもそんなお前だから一緒にいて楽しいんだ。学校にいるヤツらと比べたって格段に楽しいよ」
「私なんて面倒くさいだけじゃない」
彼女は右手でスカートを握りしめていた。
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