11-2

「目的ってここ?」

「そうね。とりあえずアイスでも食べましょう。今日は私が奢るわ」

「そりゃありがたい。実は今月はちょっと厳しいんだ」


 千歳さんがくれるお小遣いは月二万。ケータイ料金とは別でもらえるがノートとか筆記用具とかはここから出さなきゃいけないし、基本的に一万円は貯金することにしている。だから外食をしたり遊びに出るとすぐになくなってしまうのだ。


 デパートの二階でアイスを買うことになったのだが、アイスを買うだけで二十分待たされた。夏なのでこれも仕方がない。


 俺はバニラとチョコミントのダブル。一色は牧場ミルク、カタラーナ、ストロベリーのトリプルを頼んでいた。


 フードコートの端っこに座ってアイスを食べ始めるが、どうしても一色のアイスに目がいってしまう。


「どうしたの? もしかして食べたい?」

「いや、結構重めなのいったなと思って。トリプルなのも意外だったけど、牧場ミルクっていう甘めなアイスにカタラーナっていう更に甘いのつけるってかなり強気なチョイスだなって思っただけだ」

「最後はさっぱりしたストロベリーだからトントンよ」

「ストロベリー一つじゃさすがに? しかもさっぱりならパインとかラズベリーのがよくない?」

「人の好みにケチをつけるのはやめてちょうだい。それにトリプルが意外ってどういうこと?」

「勝手なイメージだけど、甘いのとかそこまでたくさん食べるように見えないからな」

「あら、甘いものは好きよ? 食べるのも飲むのも好き」


 そういえばシスタードーナツでもシェイクを飲み物としてドーナツ食べてたな。新作にも早速頼んでた。


「チョコとかも好きなのか?」

「当然。女の子なら基本は好きなんじゃないかしら。あまり友達がいないからわからないけど」

「友達はこれから作ればいいさ。でも確かに女の子はチョコ好きだな」

「でしょう? 私も女の子だもの、甘いものもチョコも好きよ」


 彼女は今「女の子」と自分を形容した。今まで、いや、前までの一色であればそんなことは言わなかったはずだ。周囲にいる女子と自分を分けて考え、自分は自分でしかない、ひとくくりにされたくないと考えたはずだ。


「そうだな。お前は普通の女の子だよ」

「どうしたの急に」

「なんでもないよ」

「含みがあるわね」


 そう言いながら俺のカップにスプーンを突っ込んできた。バニラとチョコミントの両方をガッツリ持ってかれた。それを口に運び、うんうんと頷きながら口を動かす一色。


「この組み合わせも悪くないわね。次はこれにしましょう」

「なに勝手に食べてるわけ? まあ奢りだから文句は言えないけど」


 と、そこでスプーンが差し出される。スプーンの上にはストロベリーアイスが乗っていた。


「食べろと?」

「お返しよ。早く食べないと溶けるわ」


 有無を言わさないこの感じは変わらないらしい。


 周囲を見渡し、誰も見ていないことを確認する。そして、ストロベリーアイスを口に含んだ。


 正直味はあんまりわからなかった。甘酸っぱさとイチゴの香りが爽やかだったが、正直それどころではなかった。このスプーンは今まで一色がアイスを食べていたスプーンなのだ。


 彼女はまた「ふふっ」っと笑った。


「可愛いのね」


 今まで見たことがない彼女がそこにいた。


 転校初日の一色を思い出すと、こんなことを言って微笑むような少女ではなかったはずだ。冷たい瞳で他人を拒絶し、近寄ってきてもひらりと躱し、女子高生らしくない冷静さをひけらかしているようにさえ見えた。


 それが今ではどうだ。こうやって言いたいことを言っている。きっとこれが本当の一色周なんだろう。そう考えると少しだけ胸が熱くなってくる。


「どうしたの? 胸なんか押さえて」


 知らないうちに自分のシャツを握りしめていた。


「いや、なんでもない。これからどうするんだ? アイスは食べ終わったろ」


 俺のカップも一色のカップも空になった。アイスを食べるという目的は果たしたのだがその先の予定は聞いていない。


「そうね、ウィンドウショッピングでもしましょうか」

「ウィンドウショッピングでもって、予定決めてきてるわけじゃないのかよ」


 席を離れ、ゴミ箱にアイスのカップを入れた。


「思いつきだったから仕方ないでしょう?」


 フードコートを離れてデパートの中を練り歩くことになった。特に目的もないし、そもそも俺は金がない。


「お前そんなに計画性ないヤツだっけ?」

「どうせ暇だったんだからいいじゃない。それとも私と休日を過ごすのはイヤ?」

「そういうわけじゃないが、特に目的もなくぶらぶらするのって得意じゃないんだよ」

「私だって得意じゃないわ。買い物は買いたい物を決めてから出るし、用事がないのに出歩いたりしないもの」

「怖い怖い。言ってることとやってることが真逆」

「そうさせたのはアナタよ」


 そう言って、彼女は自分だけさっさと歩いていってしまった。身長もそこそこあるせいか、ちょっと歩幅を大きくしただけでも距離が離されてしまう。


 服を見たり靴を見たり、本屋に寄ったり雑貨を見たり。俯瞰すると完全にデートなのだが、はたしてこれをデートと言っていいのかどうか怪しいところではある。どちらかというとお嬢様と荷物持ちみたいな感じだ。


 それもそのはずで、ウィンドウショッピングと言いながらも一色は服も靴も本も買っていたからだ。しかも荷物は全部俺が持っている。コイツ、本当は俺を荷物持ちとして連れてきたんじゃないだろうか。


 一階でもまた、一色は服屋へと入っていった。


「待て待て待て、もう服は買ったでしょ」

「転校してきたときに少ししか服を持って来なかったのよ。夏服も少ないし、肌寒くなってきたときの長袖も欲しいわ」

「まあいいけどね」


 なに言ってもあんまり意味ないと思うし。


 一色は一着のワンピースを持って「これ何色?」と訊いてきた。素直に「深い青」と答えた。


「これ、どうかしら」


 ワンピースを体に当ててこちらに振り返った。シンプルなワンピースだが、そのシンプルさが一色には似合っている。


「青とか緑とか黒とか好きだよな」

「落ち着いていて良いでしょう? それに明るい色は膨張色だから太って見える。と、教えてもらった」

「誰から?」

「誉から」


 だろうな、とは思った。


「いくら膨張色つったって太って見えるわけないだろ」

「どうして?」

「お前めちゃくちゃ細いじゃん。逆に心配になるわ。ちゃんとご飯食べてるのか?」

「じゃあ、そうね。黄色か赤はある?」


 指定された通り、同じ形の黄色いワンピースを渡した。


 確かに一色は落ち着いているし収縮色は似合うと言っていい。清楚な雰囲気ももちろんある。でも黄色いワンピースを体に当てている彼女もまた、俺にはとても魅力的に見えたんだ。


「うん、似合うと思う」

「ちょっと投げやり気味なのは気のせい?」

「お前ならなに来ても似合うに決まってるだろ。膨張色だろうがなんだろうが、線の細さがちゃんと出てる服が似合わないわけないしな。まあダボッとした服を来ても似合うんだろうけど」


 俺の言葉を聞き、一色の眉間にシワが寄った。もしかして怒っているのかとも考えたが、どうやらそういうわけでもないらしい。


「そういうのは、他の女の子には言わない方がいいわ」

 ぷいっとそっぽを向いてレジの方へと向かっていった。当然のように黄色いワンピースを持って。

「買うんかい」


 俺がとやかく言うことではないだろう。

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