10-1
一色に呼び出され、俺は放課後の屋上に来ていた。
しかしそこにいたのは一色ではなくリュウだった。後ろ姿ではあるが、中学校から一緒にいるのだ、これくらいはすぐにわかる。
ここ数日ちゃんと話をしていないが、それはリュウならば自分から話しかけてくると考えたからだ。予想が外れてまったく連絡がなかった。
俺の足音を聞いてか、リュウはゆっくりとこちらへと振り向いた。
「周ちゃんにやられちゃったな」
「みたいだな」
リュウはそこから動く気がないらしいので、仕方なく俺の方から近付いていくことにした。そうして、俺たちの距離は一メートル程度になった。
「もういいのか、例の件は」
例の件と言われて思いつくのは一つだけ。志倉の援助交際とリュウが持っている証拠のことだ。
「いや、もうあれはいいんだ。全部終わったから」
「終わったのか? でも志倉は普通に学校来てるぞ」
「別に犯人探しがしたかったわけでも、志倉を警察に突き出したいわけでもない。自殺とか他殺とか、そういうのはどうでもいいんだ」
「じゃあなんで犯人を知りたがったんだ?」
「そうしないと前に進めない人がいたからだ。その人のためになればいいと思った。それに今になって真相を暴いても誰も幸せになれないとお思う」
今の朱音ちゃんが、朱音ちゃんのフリをした青沙ちゃんだとバレてしまうからだ。そうなれば青沙ちゃんは多方向から追求を受けるだろう。志倉だってきっと捕まるし、本当の朱音ちゃんが援助交際をしていた事実も明るみに出てしまう。リュウだって証拠を持っていて知らないフリをしていたんだからただではすまない。結局は自分に都合よく操作したいだけなのかもしれないが、これが正しいことだと疑うつもりもない。
「俺との関係をこじらせてまで、その誰かのためにいろいろと嗅ぎ回ってたわけか」
「嗅ぎ回ってたってほどのことはしてない。でもまあ、そういうことになるな。その人は後ろを見ながら前進するもんだから危なっかしくて仕方がなかったんだ。どうせならちゃんと前を見て未来に進んでもらいたかった」
「お前最近変わったよな。前はそんなヤツじゃなかった」
「どういう意味で変わった?」
「誰かのためとか、なにかをしたいとか、そんなこと自分から言い出すようなヤツじゃなかったってこと。いつでも覇気がなくて来るものは拒まず去る者は追わず。のらりくらりと生きてるなって思ってたよ」
「それが俺に対しての本音か」
「ああそうだよ。そんなヤツだから一緒にいて楽だった。俺が主導権を握れるからな」
「お前も大概性格悪いよ」
「お互い様だろ」
「でもな、俺はずっと誰かのためになにかをしたいって思ってたよ。でもそんなことしたら俺が俺じゃなくなる気がしたんだ。偽善だのお節介だのと言われるのは嫌だった。それに他人に干渉して、深い関係を持ちたくなかった」
「他人と関係を築きたくない理由は、質問したら答えてくれるのか?」
頭を掻き、どう説明しようかと少しだけ悩んだ。
「失いたく、なかったんだ」
「両親と弟みたいにか」
「今日は随分と突っ込んでくるな」
「そのために呼び出されたんだと思ってるからな。で、どうなんだよ」
「正解だよ。当時まだ六歳だった俺でも両親と弟が死んだときの悲しみは覚えてる。だから嫌なんだよ。あんな思いをするのはもう二度とごめんだ」
「そういうスタンスはもうやめたと? 自分は変わったからこれからはいい関係を築きたいって? 身勝手もいいとこなんじゃねーの?」
「まあ、そうなるよな。都合が良くて、身勝手だ」
「俺も身勝手だから人のことは言えないけどな」
「俺と一緒にいる理由のことか?」
「それだけじゃない。お前を見てるのが面白くて一緒にいたんだ」
「面白い?」
「お前の薄っぺらい面の皮、いつ剥がれるんだろうなって」
「クソ野郎だな……」
「まあ最後まで聞けよ。事故で両親と弟を失ったってのは噂で聞いてた。だからこそ接触したんだ」
「なんで俺に?」
「十一年前の交通事故。四人家族が乗る乗用車にトラックが突っ込み、当時小学校一年生の男児だけが生き残った。でもな、被害者はお前たちだけじゃなかったんだよ」
「それって、もしかして……」
「あのとき俺もあの場所にいた、らしい。両親は無事だったから、それはお前よりずっとよかった」
「らしいってどういうことだ?」
「トラックが乗用車に衝突し、その衝撃で乗用車が歩道に突っ込んだ。で、歩道にいた俺がふっ飛ばされた。体と一緒に記憶も飛んだ。俺は六歳までの記憶を失くして、そこからまた新しい人生を歩まざるを得なくなったんだ。でも両親のことは親としては見られないし、妹のことも妹として見られなかった。最初は優しかった両親も疲れて、俺は父方の祖父母に引き取られた。もう何年も会ってない」
「それとこれとどういう関係があるんだ」
「俺も、なにもかも失った」
リュウの顔が初めて歪んだ。怒っているのか悲しんでいるのかもわからない。けれど感情の渦に巻き込まれ、自分が今どういう表情をしているのかさえわかってないんだろう。
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