8-2
それから公園に来てくれるようにと天羽にメッセージを送った。最初は面倒くさいやら暑いからヤダやら言われたが、一色についての話がしたいと言ったら渋々承諾してくれた。
学校への道を戻って公園に急いだ。すでに天羽は到着していたらしく、ベンチに座ってペットボトルの水を飲み干すところだった。
「遅いんだけど」
「意外と遠くて」
「そんなことはいいわ。周についての話ってなによ」
「ホント溺愛してんな。はよくっつけ」
「そういうのいいいから。本題」
彼女がベンチを叩くものだから横に失礼させてもらった。
「一色の話っていうか、一色について訊きたいことがあるんだけど」
「なんだよ情報提供じゃねーのかよ」
「まあ聞け。この前訊き忘れたんだが、一色が転校してきた理由は知ってるか?」
「前の中学の友達から聞かされてるけど」
「その話、誰かにしたか?」
「は? 言うわけないじゃん。確実に周が腫れ物扱いされるんだから、そんなこと私がするはずないでしょ」
「じゃあそれが上級生の間で噂になってるのは知ってるか?」
「それも初耳なんだけど。それマジなの?」
体を乗り出してくる。彼女のこの行動だけはたぶんいつになっても慣れそうにない。
天羽が噂を広めるわけがない。それだけじゃなく、彼女は一色が不利になるようなことは一切しない。つまり知っていても他言するはずがないのだ。
「そうだよ。だから俺はずっと噂の出どころがどこなのかって考えてた。でもその話を知ってるとなるとお前くらいしか思いつかなかった」
「はーん、なるほど。だから一番最初にあんなに驚いてたわけか」
「あのときは悪かった。お前のことよく知らなかったからさ」
「いいよ、気にしてない。それだけ周のこと考えててくれたんでしょ。なら許す」
歯を見せたその笑顔が眩しかった。本当に一色のことが大切なんだ。そして天羽誉という女の子の人の良さを象徴しているようだった。
「そうなると誰が噂を流したのかって話になるんだけど、他に思い当たるような人はいないか?」
「いるわけないでしょ。前の学校に知り合いがいる人とか先生じゃないとそんな話知らないと思うし」
「この件に関しては答えが出ないかもしれないな」
「アンタは誰に聞いたのよ」
「先輩だ。その人は他の三年生に聞いたって言ってた」
「じゃあその先輩が怪しいじゃない」
「どこから情報を仕入れたんだ? その経路に見当がつかない。それに彼女がそんなことするとは思えない」
「ふーん、女の子なんだ」
「なんだよ、悪いのか? 俺にだって女子の先輩に知り合いくらいいるぞ」
「なんでもないわよ。ちょっとだけ周が不憫だなと思って」
「そこでなんで一色が出てくるんだ」
「アンタならわかると思うけど、あの子は人に近づきたがらないのよ。そんな周がアンタにだけは話しかける。これは恋でしょ」
「一色が愛だの恋だのと言い始めたら怖くないか?」
「うーん、言い得て妙だわ」
天羽は顎に指を当てて考えはじめてしまった。
だが天羽が言うように俺以外のクラスメイトとちゃんと話をしているところを見たことがない。かといって一色が恋心を抱いているかと言えばそれもまた違う気がする。
決して他のクラスメイトと話をしないわけではない。プリントの受け渡しなんかをするときは口を開くが、それでも「ありがとう」程度しか言葉を発しない。そんな一色が今の学校で友人などできるわけがない。前の学校でも友人と言えるような人物は天羽くらいだったはず。
では誰が情報を入手できたのか。
「まあなんでもいいわ。少なくとも周はやっぱりアンタを信用してると思うのよ。でなきゃ自分のことなんて話さないしね」
「一色が俺を信用している、という事実に関してはそのとおりなのかもしれない。でも信用に足るようなことをした覚えがないんだ。いやちょっと待てよ、一つだけ心当たりがないわけでもない」
「なんなのよ煮え切らないわね……」
「前に先輩に絡まれてた一色を助けたことがある」
「それしかないでしょ」
「しかしなんだか釈然としないんだよ。恩を恩と感じることはあるだろうが、一色がそれを信頼という形で表現するかどうかと言われると、なんだかなあ」
なにかをしてもらったら「ありがとう」と言える。感謝をし、恩を感じることができる。だからといって、相手を信用するかは別の話だ。特に一色の場合はそのへんをより強く区別しているような気がする。
「でも事実は事実。どうして、とか考えなくてもいいんじゃない?」
「よくはないだろ」
「なんで?」
「それは、わからないけど」
「じゃあいいじゃん。腑に落ちないことはあるかもしれないけどさ、なんでもかんでも納得がいく理由が必要になっちゃったらスマフォだって使えなくない? 料理が美味しい理由とか考えて食事するわけ? 遊んでて楽しい理由とか探す? 探さないでしょ。それと同じよ。あと、恋愛もね」
「結局は恋愛にもっていこうとするのね」
「恋愛だって理屈じゃないもん。好きになったらその人が好きなの。それ以外はいらないの。だからさ、ちょっとだけでいいから頭の中空っぽにしてみなさいって」
こういう考え方ができるのはある意味で才能だと思う。でも俺にはそれができそうにないから、別の視点で捉えさせてもらおう。答えがでない問題を解き続けても、そもそも答えがなければ意味がない。最初から理解して解くことができないなら、解けないなりきに行動を起こす。
「よし、やってみるか」
「やるってなにを?」
「できることをやる。それだけ」
立ち上がり「今日はありがとうな」と言って公園の出口に向かった。
「なんかよくわかんないけど頑張れ!」
背中に激励が飛んできた。
右手を大きく上げてそれに応えた。
俺が考えなきゃいけないことは一色のことだけじゃない。青沙ちゃんのこと、リュウのこと、志倉のこと。頭の中がぐちゃぐちゃになりそうだが一つ一つ解決していこう。俺の推測が確かなら、きっと近いうちに解決できるはずだ。そう、信じたい。
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