7-4

「お前、天羽と話をする気はないのか?」

「なぜ私が? この前も言ったけど、私たちはケンカしてこうなった。お互いの意見が合わなかったからケンカしたのよ。話をしようとしても、結局また意見が食い違って言い合いになるわ」

「そんなこと言ったらケンカしたやつとは一生仲良くできないことになるだろ。友達だったらケンカもするし、仲直りしてまたくだらない世間話とかするようになるんだ」

「じゃあアナタは友人とケンカしたことがあるの?」

「それは……」

「それは?」

「ない」


 友人と言われて思いつくのはリュウだけだが、アイツとはケンカしたことは一度もなかった。アイツの顔色が曇れば俺から身を引くようにしてきたからだ。自分から諍いを避け続けてきたんだ。


「友人とちゃんとケンカしたことがないアナタに一体なにがわかるというの? この件に関して、アナタが私にできるアドバイスはないと思うわ」


 一色が言うことは正しい。もっともな意見だし、俺が逆の立場でも同じことを言ったかもしれない。でも俺はただただアドバイスをしているわけではない。一色と接し、天羽と接し、その結果として助言をしようと思った。


「天羽はお前と仲良くしたがってたよ。見た目はアレだけどすごいイイヤツに見えた。少し話しただけだから確実かどうかなんてわからないけどお前は友達だったんだろ? だったら天羽のこともわかってるんじゃないのか?」


 一色は大きくため息を吐いた。


「私のことも誉のこともよく知らないのによく上から物を言えるものね。なんでも知ってるような気になって、なんでもわかってるつもりになって、正義の味方のフリをして自分の意見を押し付けるのはやめた方がいいと思うわ。傲慢よ」

「そんなつもりはない」

「アナタにそのつもりがなくても私にはそう見えるのよ。受け取る側のことをもう少し考えてから発言すべきだわ。私と誉の関係は終わった。私は彼女と話をするつもりはないし、きっと彼女も話をしたいと思っていない」

「お前だって一緒じゃないか」


 思わず鼻で笑ってしまった。失笑、と言ってもいい。


「今のは不快だわ」


 わずかな変化だが、眉尻が上がったように見えた。


「すまん、でもお前だってまったくわかってないじゃないか」

「わかっているから誉と連絡を取らないのだけれどなにが問題なの?」

「わかってない。お前だって意見を他人に押し付けてるじゃねーか。天羽といろいろ話をしたよ。お前の家と天羽の家の関係とかもな。だからこそ天羽がなんで連絡を取ろうとしなかったのか考えたことなかったのか? なんでアイツが俺を連れてドーナツ屋に入ったのか考えなかったのか? 今でも頑なにアイツと連絡を取ろうとしない、お前自身のことを考えようと思わなかったのか?」


 一色が勢いよく立ち上がった。眉間にシワを寄せて怒りを露わにし、今すぐにでも怒鳴りそうな顔をしていた。


「さすがに言い過ぎよ」

「ってことはお前だって気付いてんだろ。どうして、なんでって考えたんだろ。なのになんでその思考をなかったことにしてんだよ。澄ました顔してればみんな諦めてくれるのか? 今まではそうだったかもしれないな。悪いけど俺は違うからな」

「なんなの、アナタ」


 ようやくわかったんだ。どうして一色のことが気になってしまったのか。なんで俺と一色はこうも言い合いが多くなってしまうのか。


「前に私のことなんてなにもわからないって言ったよな。確かにお前のことなんてわかんねーよ。いつも澄ました顔して、成績も優秀で、感情を表に出さないから考えも読ませてくれない。だけど最低でも一つわかることがある。他人に興味ないフリして、遠ざけて、関わらないのが正しいって言い聞かせてきたことだ」

「私が人と関わろうとしないのは他人という存在が必要ないからよ。アナタとは違う」

「いいや違わないね。だったらなんで天羽と友達になったんだ? なんで拒否しなかったんだ? なんで今日見舞いに来て天羽のことを訊こうとしたんだ? それってアイツとまた友達になりたいように見えるぞ」

「勝手なこと言わないで。全部アナタの憶測でしょう」

「憶測も含むけど天羽と友達だったのは事実だろ。今日ここに来たのも事実だろ。いい加減、少しは認めたらどうなんだよ。少しは自分のことを考えろよ。お前が思ってるよりもお前の周りはずっと優しいぞ」


 そこまで言い切って目眩がした。まだ頭が痛いというのに喋りすぎたか。


「周りが優しいから、私はどうしていいかわからないんじゃないの」


 一色は反転し、そのまま部屋を出ていってしまった。最後は怒っていたというよりも悲しんでいたような感じがした。


「言い、過ぎたか……」


 ベッドに横になるとすぐに眠気がやってきた。きっとご飯の時間になったら千歳さんが起こしにきてくれるはずだ。それまで寝てもいいだろう。こういうときくらい好きに寝ていても怒られないはずだ。と、信じたい。

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