7-2

「それは正しい。ガキの面倒見るのとかダルいだけだしな」

「すぐそういうこと言う」

「だがな、面倒だからこそ可愛く見えてくるもんもあるんだよ。知ってるか? 男はなんでもできる女よりも面倒な女の方が可愛く見えるんだ」

「それ異性同士の話じゃない?」

「似たようなもんだろ。それにな、お前がいい子だってのはわかってた。ガキは面倒くさいが、お前は面倒な人間じゃないって知ってた」

「ちなみに言っておくけど、俺が千歳さんと喋ったの葬儀のときがはじめてだからね?」

「そりゃそうだよ。私姉さんと仲悪かったもん。なんでもできる才色兼備な姉、かたや妹は自分本位で安定した職業を選ばなかった。ちっちゃい頃からケンカばっかりだったし、姉さんは私の仕事に関してもいい顔しなかったから。逆を言えば、姉さんが反発しまくってたから反骨心でここまできたわけなんだけど」

「じゃあ母さんに感謝してる?」

「いや全然。今でもムカついてる」

「なんでムカつく人の子供引き取ったかな……」


 また頭を撫でられた。


「姉さんがいい人だったからだよ」

「意味がわからない」

「両親と弟を失って、泣くこともできずに呆然としてるお前を見てたらさ、それだけ愛情を注がれてたんだなってわかったよ。現状を受け入れることもできなくて、悲しいっていう感情にさえ頭がついていってないんじゃないかって思った。ずっと遺影の方見たままその場から動かなくてさ。そしたらなんだか、いてもたってもいられなくなったんだよ」

「なにそれ、意味わかんない」

「私は嫌いだったけど姉さんは間違いなくいい人だったよ。そんな人が育ててたんだ。絶対いい子に育つと思ったんだ。少しでも伸び伸び暮らせるようにしたかったんだよ。いい人生を歩むためにできることがあるならってな」

「そんなこと一言も言わなかったじゃん。なんで今なの?」

「弱ってるから。熱なんぞ出しおって、私に面倒をかけないようにこれからはもっと体調に気をつけろよクソガキって意味を込めて言った」

「イジワルしに来たのかよ」

「心配すんな、一割くらいは冗談だ」

「九割真実じゃん……」

「でもまあ、お前には感謝してるからさ。姉さんの良さっていうのを確認させてもらった。早く仲直りしておけばよかったかなって後悔したけどもう遅くて。でもその後悔を踏み台にできた。たまには後ろ振り返って、今までやってきたことを反省しながら進めよって自分に言い聞かせることができた。失って、初めて気付いたんだ。お前もさ、遠慮ばっかりして相手の顔色窺うだけじゃなくて、自分ってものを相手に見せて生きてけよ。その上でなにが良くてなにが悪かったのかを考えろ。少なくとも姉さんは、お前にはもっと自由に生きてほしいと思ってるはずだぞ」


 千歳さんは俺の髪の毛をくしゃりとかき乱し、頭を叩いた。


「今頭痛ひどいんだって」

「そうか、じゃあ寝ろ。しゃべて疲れたろ」

「無理矢理喋らされたせいで疲れたよ、ホント」

「おう、それでいい」


 ベッドから立ち上がってドアへと向かう千歳さん。彼女がドアノブを握った瞬間に「千歳さん」と声を掛けた。彼女をゆっくりと振り返り不思議そうな顔をした。


「ありがと」


 俺がそう言うと、千歳さんは「治ったらこき使ってやる」と部屋から出ていった。


 バタンとドアが閉まると、なんだか心に引っかかっていたなにかが取れたような気分だった。今まで抱えていた「自分と叔母の関係性」だ。


 千歳さんは昔から俺のことをよく見ていてくれてる。だから最近の俺の変化にも気がついていたんだろう。不器用だが鋭く、物事をよく見ている人だ。可能性があるというよりは確実に気がついていたと考えた方がいい。


「自由に、自分らしくか」


 それが簡単にできないから、俺はこういう生き方を選んだ。


 自分から誰かに寄っていくことはない。誰かが寄ってきても興味がないフリをする。そうやって人と関係を築いていくことを避けてきた。両親がそうであったように大切なものを失いたくないから。大切になってしまったら取り返しがつかなくなる。顔色を見ていれば、相手がどんなことを嫌だと思い、どんなことをしてほしいのかがわかる。だから、自分を押し殺すように生きてきた。


 千歳さんはそれを見かねたのだろう。考えることが多くなった今、俺の仮面が剥がれかけていることが、千歳さんの目には危うく映ったのかもしれない。


「わかったよ、わかった」


 それでも俺は自分というものを完全に殺しきれなかった。面倒だと思っても、それが悪いことだと思ってしまえば止まらずにはいられない。気になったら行動を抑制しきれない。中学校で三田に目をつけられたのも自分を制御しきれなかったせいだ。一色に関わったのだってそうだ。青沙ちゃんが死んだとき、朱音ちゃんの側にいたのだってそれが正しいと思ったからだ。


 深呼吸をした。


 迷うな。ここまで考えたのなら、もう突き進むしかないじゃないか。ここまで関わったのなら、どんな結果になっても見守るしかないじゃないか。


 考えがまとまると急に眠気がやってきた。とにかく今は風邪を治すことだけに集中しよう。行動を起こすのはそれからだ。


 でも、まずなにからしようかな。誰と、話をすれば――。

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