7-1
珍しく体調を崩した。熱は三十九度近くあり節々が痛む。喉の痛みはないが頭が締め付けられるようだった。
ベッドから起き上がるのも困難だった。昨日風呂に長く入り、暑いからと髪も乾かさずに散歩したのがまずかったのかもしれない。
リビングでは千歳さんが新聞を読みながらシリアルを食べていた。今日は休むと一声掛けてから自室に戻った。朝食を食べるような気力はなかった。
水分くらいは摂取しておいた方がいいと、ペットボトルのお茶を三口ほど飲んだ。
そのまま布団にくるまって寝ようとしたが、体が熱いせいでなかなか眠りにつけない。かといって本を読む気にもなれないし、ゲームをするなんてもってのほかだ。
ドアが開いて千歳さんが入ってきた。
「なにも食べないのはまずいだろ。これ食べて薬飲め」
手に持っていたのはゼリーと風邪薬だった。
体を起こし、ゼリーを受け取る。たしかそれなりに高価なもので千歳さんが好物としていたものだった。勝手に食べると怒られるやつだ。
「いいの?」
「今のお前が食べられそうなのはこれくらいだ。昼にはお粥なりおじやなり作っといてやるから今はこれで我慢しな」
蓋を取って一口、二口と口に運んでいく。果物特有の甘さで添加物のようなくどさはない。冷たくのどごしもいいので食べ終わるのにもそう時間はかからなかった。
風邪薬をお茶で流し込みもう一度横になった。このまま眠れば起きたときには少し楽になってるだろう。
ふと、いつまでも千歳さんが出ていかないことに気がついた。
「どうしたの」
「いや、具合い悪そうなだなと思ってな」
「そりゃ、熱あるしね。しかも熱くて眠れない」
「そうか、ほい」
ぺたりと、額に冷たいものが当てられた。貼り付けるタイプの熱冷ましシートだ。
「これで少しは楽になるか?」
「まあ少しは」
「氷枕も持ってきてやるからちょっと待ってな」
急ぐことなく部屋から出て、数分と経たずに戻ってきた。すでに用意してあったんじゃないかと思うくらい手際が良い。
タオルを巻いた氷枕を下にして横になった。程よい冷たさで気持ちがいい。
そして千歳さんはベッドの空いた部分に腰を下ろした。俺の頭をそっと撫で、髪の毛を指先で弄ぶ。
「なにしてんの」
「たまにはこういうのもいいだろ。どうせ眠れないんだし」
「普通はいつ寝てもいいようにほっとくんじゃないの?」
「私は普通じゃないからな」
そう言いながらも手を離した。少しだけ寂しそうな顔をしているのが気になった。
「うちに来てから高熱出すの、三度目だな」
「数えてるの? 怖いんだけど」
「そう言うなよ。最初は熱が出てるのを隠して小学校に行こうとしてたよな。あれ、私に気を使ったんだろ?」
「この家に来て半年も経ってなかったしね。心配かけさせたくなかった」
「二度目はちゃんと申告したからな、まあ許してやろう。実はインフルエンザで私も被害を受けたという点以外は許す」
「そんなこと言われても困るけど……」
「でも、ちゃんと私を頼ってくれたのは嬉しかったよ」
寂しそうだった顔は、いつの間にか微笑みを浮かべるまでになっていた。千歳さんの中でどんな感情の変化が起きていたのか、今の俺には考える余裕はなかった。
「頼っていいのか、わからなかったんだよ」
どうして俺はそんなことを口走ってしまったんだろう。体が弱り、熱で頭がどうかしてしまったか。
でも口にした言葉は本心で、この家に来てしばらくは千歳さんのことを親代わりだとは思えなかった。仕方なく俺を引き取ったのだ。こんな面倒くさがりな人が好んで小学生の子供を引き取るわけがない。そうやって自分の殻に閉じこもってしまった。
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