6-1

 日曜日はテレビを見て、お菓子を食べて、食事を作って、勉強して、そんなふうにして終わってしまった。友人は少ないし千歳さんはまた缶詰なのでこれも仕方ないことだ。


 月曜日の授業はあまり耳に入ってこなかった。気づけばノートが取られていた。勉強を習慣づけているおかげだと納得し、教科書とノートをカバンに入れて帰ることにした。


 リュウは最近なんだか忙しいらしく遊ぶこともない。一色は一色でさっさと帰ってしまい、朱音ちゃんからの誘いもない。連日誰かと一緒に帰宅していたせいか、いざ一人で帰るとなると少しだけ居心地が悪い。


 そう、決して寂しいとは思わない。単純に一人だと思われることが居心地が悪いのだ。学校とは、生徒とは、そういう場所だから。


「ねえちょっと」


 しかし一人になりたいときもある。今がそういうときなのだと自分に言い聞かせればどうにでもなる。


「ねえ、ちょっと」


 靴を出し、上履きを脱いだ。


「返事くらいしなさいよ!」


 後ろから衝撃がやってきて、思わず下駄箱にもたれかかってしまった。


 イラッとしながら振り向けば、緩くパーマをかけたセミロングの女生徒がいた。見るからにギャルといった感じで、髪は染めていないがスカートは短く化粧も濃い。


「なんだよいきなり……」


 しかし怒鳴り散らせるほど俺のメンタルは強くない。下駄箱に突っ込んだときにちょっとだけ頬を打ったが、それでも強気に出られないのは俺の悪いところかもしれない。


「アンタでしょ。一色周と仲が良い男子って。たしか……外村未陽」

「たしかに外村未陽だけど、別に一色とは仲良くないぞ」


 俺の名前を知っている。でもクラスは違う。中学校でも見た記憶はない。


「何度も一緒に下校してるでしょ。あれで仲良くないっておかしいいでしょ」

「なに、もしかして見てたの?」

「見てたんじゃなくて見えたの。人をストーカーみたいに言わないでくれる?」

「っていうかキミ、誰? なんで俺のこと知ってるわけ?」


 彼女は右手の人差し指で髪の毛をくるくると弄びながら俺を睨みつけてきた。


「二年四組、天羽誉」


 思わず「あっ」と声を出してしまった。


「そこまで驚く? 普通に傷つくんだけど。でもその反応からすると私のことは知ってるみたいね」


 不機嫌そうな顔をするが、ここまで感情をストレートに顔に出されると逆に気持ちがいい。その女子が一色と友人だったというのが信じられない。一色は深窓の文学少女、天羽は都会育ちの遊び人、対局に位置するこの二人がどうして友人という間柄にまでなったのか。なによりも一色が自分の口で友人と言ったのだから、間違いなくお互いに思い合っていたのだろう。


「まあ、一応」

「詳しく聞かせてもらえない?」

「話すことなんてないぞ」

「アンタの意見は聞いてない、私が話を訊きたいの。さっさと行くわよ」


 腕を引っ張られた。つんのめるようにして昇降口を出て、そのまま学校を出ることになった。抵抗することもできた。それでも彼女に従ったのは俺も訊きたいことがあったからだ。一色と天羽の関係、そして天羽が上級生に流したという噂のことだ。


 天羽に連れていかれたのはシスタードーナツだった。


 店内に入ると昨日と同じ女の店員さんが「いらっしゃいませー」と元気に挨拶してくれた。一瞬だけ驚いたような顔をしたのは、きっと俺が昨日と違う女子を連れているからなのかもしれないと解釈した。俺のことを覚えていたら、の話だが。


 俺はアイスコーヒーだけを頼み、天羽はチョコクランチドーナツとアップルパイ、そしてバニラシェイクを頼んでいた。


 入り口から少し離れた位置に座り、天羽はすぐにドーナツを食べ始めた。


「あのさ、ドーナツ食べにきたわけじゃないんだよな?」

「お腹減ったんだからいいでしょ」


 ズゾゾッっとシェイクを飲む天羽。もしかしたら俺が知らないだけでシェイクは飲み物なのかもしれない。


「本題に入れよ。俺はお前と仲良く食事をしにきたわけじゃない」

「それもそうね」


 ドーナツを一口食み、それをシェイクで流し込んでいた。


「私が訊きたいのは周のことよ。あの子、上手くやれてる?」


 天羽はわずかに身を乗り出した。発育がいいのに胸のボタンを外しているものだから少しドキっとしてしまう。


「友達だったんだろ? じゃあ上手くやれてないことくらいわかるんじゃないか? 俺と一色が帰るところを見てるくらいなんだし」

「たまたま見えただけだって言ってるでしょ。でもやっぱり、三年程度じゃなにも変わらないか」

「中学校のときもあんな感じだったのか?」

「小学校も中学校もあんな感じよ。他人と距離を取って、他人を遠ざけて、自分はなんでもない風を装うの。めちゃくちゃ浮いてたわ」

「そんな一色とどうして仲良くなろうと思ったんだ?」

「私の両親と周の両親が知り合いで、なにかにつけて遊ばされていたのよ。最初はイヤイヤだったけど、そのうち慣れたわ」

「慣れたってことは、中学生になっても一色と一緒にいるのは自分の意思じゃなかったってことか?」

「ちょっと待って。話を訊きたいのはこっちなんだけど」


 ムッとしながらさらに身を乗り出してきた。顔も胸元も近くなるので、自然と俺が後ろにのけぞるようになる。


「質問には答えただろ」

「まだ終わってないから。で、なんでアンタは周に近付いたの? 美人だから?」

「そういうわけじゃない。ただ、俺と似てるなと思ったからちょっと気になっただけだ」

「顔は似ても似つかないけど? アンタのその平凡な顔面で周と並べるとでも思ってんの?」

「顔の話はしてねーよ。なんていうか、雰囲気かな」

「は? アンタみたいなのが周と雰囲気が似てるなんて天地がひっくり返ってもありえないんだけど?」

「もういい。お前が一色のことを溺愛してるのはよーくわかった」

「べ、別に溺愛なんてしてないけど」


 身を引いてくれた。そうか、彼女は自分を守るときに「強く出ている」というのを強調するために身を乗り出すんだな。


「お前がどう思うかは別として、傍から見てればお前は一色を嫌ってるようには思えない。にも関わらず、お前が転校するときにケンカをして、それきり連絡を取っていない。その理由を聞かせてほしいんだけど」

「そこまで聞いてるの? あの子、結構おしゃべりになったわね」


 彼女はシェイクのストローをコップの中でくるくると何度か回した。


「それ、アンタに言う必要あるの?」


 腕を組んで、また不機嫌そうな顔になった。声のトーンも低く、心底嫌がっているようだった。


 突っ込んだ話は訊かない方がいいだろう。それはわかっているが、どこかで誰かが無理をしないと彼女たちは絶対に前に進めない。


「たぶんだけど、一色はまだお前のことを友達だって思ってる」

「なんでそう思うの? 三年も連絡してこないのに」


 そこに関してはなんとなくだが答えは出せる。暇があれば考えてしまうから、どうしても自分の中で納得ができる答えを見つけようとした結果だ。


「友達だから連絡できなかったんじゃないのか? 一色は他人の感情の機微には敏感だけど、敏感すぎて自分から動き出せるようなタイプじゃない。誰かに怒られたら一生それを引きずるというか、相手からのアクションがないとどうしていいのかわからないんじゃないか?」

「アンタも、そうなの?」


 その表情からは思考が読み取れなかった。無表情で、逆にこっちの考えを読もうとしているような強い眼差し。


「かも、しれないな。他人を遠ざけるのだってそうだ。アイツは自分のことが好きじゃないから、そんな自分を他人の隣に置いておきたくないんだ。感情の機微には敏感なくせに、相手の思考を勝手に決めてしまう。もしもアイツがまだお前のことを友達だと思っていて、けれど関係が修復できないんだとしたらお前が動くしかない。お前が一色のことをまだ思っていればだけど」


 数秒間見つめ合い、天羽はため息を吐きながら視線を外した。

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