5-1
特に趣味がないせいか、休日は自堕落な生活を送ることが多い。十時に目を覚まし、遅めの朝食をとりながらソファーに座ってテレビを見る。千歳さんは俺の行動を見て「学生にあるまじき行動」と揶揄する。中学校の頃は部活があったので休日も練習があったけど、部活もアルバイトもなければ高校生なんてこんなものだ。
見ているバラエティ番組が終わったときチャイムが鳴った。千歳さんは忙しいだろうし俺が出るしかないだろう。
いつもの癖でドアスコープを覗くことなくドアを開けた。
そこにはちょっとだけおしゃれをした朱音ちゃんが立っていた。青と白のボーダーのキャミイソールにデニムのホットパンツ。
「その格好はちょっと過激すぎない?」
「まあ部屋着もこんな感じだしね」
「なんでそれで出てきちゃうかな。心配になるぞ」
「露出が多すぎるから心配になるか。それはつまり私に気があるという解釈でいいのかな?」
「前も言ったけど朱音ちゃんは対象外だから」
今はもうと言った方が正しいが、これは黙っていた方がいいだろう。
「それはいいや。今からちょっと出かけない?」
「特に予定はないからそれはいいんだけど、それなら事前に連絡くれてもよくない?」
「さっき思いついたからね」
「もっと計画性を持って行動した方がいいと思うだ」
「じゃあ用意できるまで待たせてもらうね。おじゃましまーす」
朱音ちゃんは俺の脇をすり抜けて家の中に入っていってしまった。朱音ちゃんだからこそ許される行為なのだが、こんなふうに気安い態度で家の中に入られるとこっちも変な気分になってしまう。
「おいこら勝手に冷蔵庫を漁るな。ジュースを飲むな」
天真爛漫な彼女の行動を俺一人で制御できるはずもなく、俺は諦めて着替ることにした。あのまま放置もできないのでコーディネートもクソもないような服装でサッと自室を出た。
「用意早くない? もうちょっとゆっくりでもいいのに」
グレープジュースが入ったコップを片手に悠長にそんなことを言い放つ。
「前にこんな状況でゆっくりしてたら冷凍庫のアイス勝手に食べられた挙げ句そのアイスが千歳さんので俺がめちゃくちゃ怒られたこと忘れました?」
「だってミハルのだと思ったんだもん」
「まず他人の家の冷蔵庫を開けないという部分を学習してくれ。ほら行くよ」
「まだ飲んでるー」
「早く飲みなさい」
朱音ちゃんがコップの中身を空にするのを待ってから家を出た。行き先は俺もよく知っている。だから彼女に先導されなくても問題はない。
思いついて出かけようと思ったと彼女は言ったが行き先は一つしかない。普段から天真爛漫ではあるが、いきなり俺を連れ出して出かけるような用事と言えば一つしか思いつかないのだ。同時に、こういう場面は何度もあった。
朱音ちゃんはマンションを出たところにある自動販売機で水のペットボトルを二本買った。一本は自分の、もう一本は俺のだ。少なからず彼女も気にしているのだ。急の来訪の後に連れ出し、自分の心の傷を埋める手伝いをさせていることに罪悪感を抱いている。でも俺もそれを知っているから、ペットボトルは黙って受け取った。
太陽が照りつける中で俺たちは会話もなく歩いた。これもいつものことだ。正確にはこういう場合で朱音ちゃんは喋らない。歩きながら心の整理をつけているのだと俺は考えている。
そうして十分程歩き、何年も使われてない廃ビルの前に立った。そして上方を見上げた。
「あの日、あの子を一人にしなかったらこんなことにはならなかったのかな」
低いトーンで彼女が小さく言った。
「それはわからない。でも話を聞く時間はできたかもね」
「なんでこんなことになっちゃったのかな。私、どこで間違えたんだろ」
「そんなに思い詰めるなって。あれは朱音ちゃんのせいじゃないから」
「でもね、あの子は私の半分だったんだよ。生まれるときも一緒、同じものを食べて、同じ景色を見て、同じように愛情を受けて、同じように大きくなったの。身長も体重もスリーサイズもほとんど一緒だった。違う人間だけど、私たちは二人で一つだった」
「そう、だね。よく似てたよ。顔とスタイルだけね」
俺がそう言うと朱音ちゃんが俺の方を向いた。その顔は笑っていた。無理に作った笑顔じゃない。ちゃんと受け止めている、という顔だった。
「あの子は大人しかったからね。優しくて、手先が器用で、女の子らしかった。私はどうやっても編み物とかできないし」
しかしすぐに顔色が曇り、またビルの上の方、屋上へと視線を戻した。
「なにがあったのか、教えてくれないかな」
声をかけることができなかった。それは、今まですべてを見てきたからこそだ。
七楽朱音と七楽青沙は双子の姉妹だった。朱音ちゃんは活発で明るく友人も多い。逆に青沙ちゃんは穏やかで引っ込み思案で、人によっては陰気に見えたかもしれない。朱音ちゃんの方が運動ができて、青沙ちゃんの方が勉強ができた。俺は朱音ちゃんとは外でよく遊び、青沙ちゃんとは家の中で遊んだ。家族をなくした俺にとって二人は本当の姉のようだった。
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