あの時、彼女は何を考えていたのだろう……。(第二稿・最終稿)

龍淳 燐

第1話

 都心にあるマンションの屋上。

 血だまりに横たわる男……。

 既に息も止まり、死後硬直が始まっていた。

 その死体を、転落防止柵により掛かりながら冷たい眼で眺めている男がいた。

 右手には血まみれのコンバットナイフが握られいる。

 状況から判断して、この男が殺したことに間違いはない。


 死体の男は、どうしょうもないクズだった。

 酒にギャンブル、女に薬が大好きで、特に女を嬲るのが好きな男だった。

 質の悪いことに恋人のいる女を嬲るのが特に好きだった。

 だが、誰もその男の本性には気が付かなかった。

 巧妙に隠していたのだ。


 1年前、この男に嬲り者にされた女が、このマンションの屋上から飛び降りた。

 即死だった……。

 警察は自殺と判断したが、女の死体には生々しい傷跡が残っていた。

 全裸で、しかも麻縄で縛られていたのだろう、身体中がすり傷だらけだった。

 さらには、長時間にわたって犯されていたのだろう痕跡まであった。

 刃物で切られた痕までも……。

 当人が自殺してしまっているので、事件性の有無を調べるのは難しかった。


 自殺した女には、恋人がいた。

 恋人の自殺の真相をどうしても知りたかった。

 一体誰が彼女を……。

 女の恋人である男は、何の偶然か、恋人を自殺に追いやった男を見つけた。

 まるで運命の神が、この男を早く殺せと囁いているかのように。

 犯人は、自分たちが務めていた会社の上司だったのだ。


 そして、男は復讐した。

 自分が殺されるとは思ってもみなかったのだろう、実にあっさりと死んだ。


 男は、血だまりに横たわる男を眺めながら思った。

 彼女は、あのとき何を思ってこのマンションの屋上から飛び降りたのであろうと……。

 生きていてほしかったと思うのは残酷なことだったのだろうか。

 それを知るすべはもうどこにもない。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あの時、彼女は何を考えていたのだろう……。(第二稿・最終稿) 龍淳 燐 @rinnryuujyunn

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る