婚儀の夜会で

 婚儀の日、皇国を上げてのお祭り騒ぎになりまして、わたくしは純白のドレスに包まれて、ワーグナー様の隣に立ちます。

 誓いの言葉を交わし、生涯を共にすると誓い合う魔道具の指輪をお互いにつけて、最後に誓いの口づけをいたします。


 ……な、長くないですか?


 流石に舌を入れてくることはありませんでしたが、たっぷりと一分間ほど口づけられまして、やっと離れた時、残念そうに一瞬わたくしの顔を見たのは、見逃しませんわよ。

 手を取り合って式場を出て、皇都を巡る馬車に乗り込みます。

 皇都の方々に、婚儀のお披露目をしつつ、祝いのお菓子を魔導士達が投げ渡すのです。

 このお菓子には、特別な魔法が施されており、疲労回復や簡単な病なら直せるようになっております。

 通常ですとお菓子を配るだけなのですが、ちょっと暇でしたので、お菓子に細工をいたしました。

 魔力の無駄遣いと思われますか? むしろ、幻獣四体と契約した効果なのか、底上げされたようでございまして、有り余っております。

 何かにつけては発散方法を探しているのですが、頻繁にダンジョンに遊びに行く皇太子妃というのもどうかと思いますので、こうして発散しているのでございます。


「はあ、やっとミレイアと結ばれたよ。長かったなぁ」

「そうですわね。子供の頃から考えますと、随分時間がかかりましたわね」

「彼の国が邪魔をしなければ、もっと早くにミレイアを手に入れることが出来ていたのに」

「それは何とも言えませんわね」

「でも、結局の所、ミレイアを手に入れたのは僕なんだし、もう関係ないよね♡」


 馬車の上、歓声で他の方に聞こえない音量でそう言われまして、わたくしは国民に笑みを向けつつ、ワーグナー様の手を握りました。

 そうしますと、ワーグナー様はその手を持ち上げて口づけなさいました。

 一層歓声が高く上がりましたが、ワーグナー様はにっこりと笑みを浮かべるだけです。

 そのまま皇都を一周して、城に付きますと、わたくしは皇帝陛下と皇妃陛下に改めて挨拶をし、夜会の為にドレスを着替えます。

 白を基調にしたドレスは、本日はわたくしにのみ許される色でございまして、もし他の方がこの色を纏っている場合、皇族に対して意見があると思われるのです。

 余程の事がない限り、皇族の婚儀を祝う夜会で、花嫁以外が白を纏う事はありません。


 そう、本来なら、無いはずなのです。


「どうしてあの女がここに居るのかなぁ」

「ワーグナー様、落ち着いてくださいませ」

「え、落ち着いてるよ」

「そうでしょうか?」


 ワーグナー様の視線の先には、真っ白なドレスに身を包んだ、マリナ様がいらっしゃいます。

 パートナーの方は、それはもう、顔を真っ青というよりも白を通り越して土気色になっておりますわね。


「どういうことですの?」


 わたくしは、おつきの魔導士に事情を尋ねます。

 説明によると、ワーグナー様とわたくしの婚儀のうわさを聞きつけ、通っている貴族に強請って(その貴族がたまたま外交官だったそうです)、皇国に来たそうなのですが、パートナーの貴族には、ドレスの色は紺色だと伝えていたようで、実際に目の前に現れたマリナ様を見て、すぐに部屋に戻って着替えるよう言ったそうなのですが、異世界では普通だと押し切られたそうです。

 異世界の風習なら、しかたがない、のでしょうか?

 けれども、これは下手をしたら外交問題になりますが、わかっていなさそうですわね。


「とにかく、遅れて入るわけにもいきませんし、参りましょう」

「そうだね」


 わたくしとワーグナー様が並んで入りますと、盛大に拍手をされまして、皇帝陛下と皇妃陛下の一段下に立ちます。


「皆の者。本日は僕とミレイアの為に集まってくれてありがとう。……無礼講とはいえ、節度をもって楽しんでくれればと思う」


 あからさまに、マリナ様への嫌味でしょうか?

 夜会ではお酒に飲まれて、やらかしてしまう貴族も居ますので、そちらのけん制とも取れますが、どう考えてもマリナ様への牽制ですよね。

 夜会が始まりまして、順番にあいさつを受けておりますと、挨拶の輪に無理やり入ってくる白が見えまして、わたくしは咄嗟に周囲に目をやりまして、マリナ様のパートナーを探しますと、壁に手をついて使用人に介抱されておりました。


「ワーグナー様、ごめんなさい!」

「……どういう意味で言っているのかな?」

「あたしがワーグナー様の愛を受け入れてあげなかったせいで、こんな政略結婚をする羽目になっちゃって、本当にごめんなさい。でも、あたしを待ってくれてる人がいっぱい居るから、その人たちを見捨てることが出来ないんです」

「僕は、ミレイアの事を心の底から愛しているんだけどね」

「嘘です! あたしはわかってます。ワーグナー様は、あたしのことを愛しているんですよね。このドレスだって、ワーグナー様の気持ちだってわかってます!」


 マリナ様、お願いですからその口を閉じてください。

 周囲の方々の冷たい視線に気が付いてくださいっ。


「ドレス、ね。今日という日にその色を纏うなんて、正直言って配慮に欠けているとしか考えられないな」

「折角もらったドレスですから」

「ふーん?」

「似合いますか?」

「…………まあ、似合っているんじゃないかな?」


 低いっ。ワーグナー様の声が低いです!


「ふふ、ワーグナー様の見立てに間違いはありませんね。嬉しいです。あたしと結ばれないせいで、苦しい思いをするかもしれませんけど、あたしはワーグナー様の事、ちゃんとわかってますから」

「わかってる?」

「はい! あたしのこと、忘れられないんですよね」

「きれいさっぱり忘れていたよ」

「嘘言わないでください。あ、ううん。そうですよね、そう言わないと、駄目なんですよね。わかってます」

「………………目障りだな」


 逃げて、マリナ様、今すぐ逃げてください!


「君のパートナーに正式に抗議させていただきたいのだけど」

「パートナーですか? あ、もしかして他の人と一緒に来たから気に入らないとか?」

「外交問題になるからね。ただの平民と話していても仕方がない」

「外交問題? あたしを取り合ってですか?」

「そんなわけないだろう。これ以上の侮辱は、正式な宣戦布告と受け取る。近衛兵、この痴れ者を連れ出せ、不愉快だ」


 その言葉に、状況を見ていた近衛兵がマリナ様を連れて行きます。

 マリナ様、せめて着ているドレスの色を、紺色にしていただければ、ここまでにはならなかったと思います。

 大声を上げて、近衛兵に抵抗をしながら連れていかれるマリナ様を見送って、清々しい笑みを浮かべたワーグナー様に、婚儀そうそう、わたくしは胃が痛くなりそうですわ。

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