どうしてそうなりますの

「はぁ!? マリナ様が娼館で働いている!? どういうことですの?」


 マリナ様につけた魔導士からの報告に、わたくしは思わず声を上げてしまいました。

 麻薬に犯されているという報告に、解毒魔法を使う事の出来る魔導士を派遣したのですが、マリナ様は帰ってこず、追跡魔法をかけたところ、追跡阻害がかけられた館の中にいると言う所まではわかったのですが、表向きはまっとうな家でしたので、押し入るわけにもいかず、マリナという女性はいないと言われてしまえば、国際問題にしない為にも立ち去るしかなかったそうです。


「マリナ様が少しでも嫌がっているようでしたら、多少強引な手を使ってでも救う必要がありますわね」

「それが、喜んで客を取っているとの事なのです」

「は?」

「一晩に何人も、時には同時に客を取っているとか」

「それは、麻薬や暗示による効果ではないのですか? あのマリナ様がそのようなことをするとは思えませんわ」

「その形跡はあるのですが、マリナ様にお渡ししている魔道具に、本当に嫌なら暗示も麻薬も受け入れないと言うものがありますので、心の底から嫌がっているわけではないかと……」

「そんな……」


 あまりのことに、思わず頭を押さえてしまいます。

 確かに、『渡り人』には特殊な価値がありますので、暗示や麻薬などに負けないよう、絶対に肌から離れないような魔道具をつけておりますが、あのマリナ様が、自ら望んで娼婦に?


「その、マリナ様は酷い扱いを受けたりはしておりませんの? わたくしは隣国の娼婦の事情はあまりよく知りませんが、どこにでも色々あるものでしょう?」

「それが、その……」


 言いにくそうにしている魔導士に、視線で先を促します。


「今の状況を酷く楽しんでいるようです」

「え?」

「通ってくるのは、異世界から来た『渡り人』を買えるほどの金持ちで、貢物も高級品、与えられている部屋も上質なもので、世話役もつけられており、『女王様みたい』といっていると」

「……本当ですの?」

「はい」


 その言葉に、わたくしは頭を抱えてしまいました。

 確かにマリナ様が、今の状態を幸せだと感じているのなら、魔道具は発動しませんが、女王様って……。

 複数の男性に体を見せることが、マリナ様にとっての幸せなのでしょうか。

 それとも、高級品に囲まれる事?

 わたくしにはわかりませんわ。


「マリナ様は、ワーグナー様のことを何か言っておりませんでしたか?」

「それが、客に紛れて聞き出した者の話では、『あたしは、皇太子様の求婚を泣く泣く蹴った健気な女なの』と言っているそうです」

「そ、そう」


 ああ、本当に理解できませんわ。

 どうしたらそうなりますの?


「と、とりあえず、マリナ様は今の状況に、その、満足しているという事なのですね?」

「はい」

「そう……」


 ああ、折角用意しておいたお見合いリストが無駄にっ。

 いえ、それは別に構わないのですが、マリナ様は『王族に相応しい女性』として呼ばれたのですよね?

 詳しい『渡り』の条件は、亡くなった前国王しか知りませんが、色々踏まえるとそうだと思うのですが、それがなぜ娼婦に?

 い、淫乱な方が好みだったとか?

 そんな事はないと思いたいですが、話を聞く限り否定できないところが悲しいですわ。


「と、とにかく、このまま様子を見て、少しでもマリナ様が、現状を嫌がる素振りがあれば、すぐに救い出してください」

「そのように手配いたします」


 そう言って姿を消した魔導士に、わたくしはどっと疲れてしまい、重い息を吐き出しました。

 マリナ様の自由に任せていましたが、これでよかったのでしょうか?

 いままでの『渡り人』で、娼婦の道を選んだ方がいるのは知っていましたが、まさかマリナ様もそうなるとは、夢にも思いませんでした。

 わたくしの中では、見知らぬ方に体を許すのは、かなりというか、ものすごく抵抗があるのですが、異世界ではそう言うのが普通なのでしょうか?

 『渡り』自体が久しぶりですし、伝わっている文献には、そこまで詳しく記載されておりませんので、わからないのですよね。

 とりあえず、動揺を抑えるためにお茶を口に含み、息を吐き出しまして、今後の事を考えます。

 マリナ様のことは、様子見という事にして、幻獣界の事も、今のわたくしにはどうしようもないので置いておくとして。

 近くに迫ったわたくしとワーグナー様の婚儀について、考えないといけませんよね。

 とはいっても、諸々の手続きは、皇妃陛下が率先してくださっておりますので、実は、ドレスのデザインを考えたりするぐらいしかする事がないのですよね。

 招待客に関しては、ワーグナー様が任せてほしいと言っておりますし、ぶっちゃけ暇です。


「お嬢様、時間を持て余しているのでしたら、ひと暴れしに、グランザルのダンジョンに行ってみてはいかがですか?」

「そうですわね。幻獣に吸われた魔力も回復しましたし、久しぶりに行くのもいいかもしれませんわね」

「ええ、最下層に居るフェンリルも、久しぶりにお嬢様と遊びたいと思います」


 最近遊んでいませんでしたし、いいかもしれませんわ。


「では、ワーグナー様にそうお伝えしておいてください。早速行ってきますわ」

「かしこまりました。行ってらっしゃいませ」


 さっそくお出かけ用のドレスに着替え、わたくしはお散歩がてらダンジョンに転移いたしました。

 帰って来た時、ワーグナー様が微妙な顔をしておりましたが、フェンリルから強奪した宝物を見せたら、さらに複雑な顔をされたのですが、どうしてでしょうか?

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