どうしてこんな目に(他者視点)
「マリナ、俺は必ず生きて帰って、お前を迎えに行く、待っててくれ!」
そう言ってマリナを抱きしめて、俺は魔導士に連れられて、魔の森の中心部という場所に連れてこられた。
渡されたのは、一ヶ月分の食料と、磨かれた剣。
俺は剣技なんて、習得していないから、こんなものを持たされても、何の意味もないのに、どうしろって言うんだ。
せめて魔力封じさえ解ければなんとかなるのに、ミレイアが施した魔力封じは強固で、俺には解けそうにない。
あの女は魔法だけは俺よりも優れていたからな。
逆に、それ以外は可愛げがないだけの女だった。
それでも、国の為だと言われて、ミレイアとの婚約を甘んじて受け入れていたが、マリナを見た瞬間、マリナこそが俺の運命の女だとわかった。
自信満々な勝気な瞳、黒い髪に血色のよさそうな肌。
ミレイアとは違って、俺の事を見てほころばせた笑みは、何物にも代えがたいものだと思った。
あんな惨状とも言える状態で、それでも健気に自分を律している姿に、俺の心はどんどんと惹かれていった。
俺の婚約者にすぐにしたかったが、ミレイアはあんなんでもジュピタル公爵家の娘で、婚約を何の理由も無く破棄することは出来なかったから、ずっと婚約破棄の機会を狙っていた。
マリナが侯爵家の養女になって、俺は頻繁にマリナに会いに行き、学園に通うようになってからは、ミレイアよりもマリナを傍に置くようにした。
だが、マリナがミレイアに虐めを受けていると言われた時、これは使えると思った。
『渡り人』は丁重に扱うべきなのに、そのマリナを虐めたのだ。
婚約破棄をするには十分だと思ったが、言い逃れが出来ないように、他にも色々と罪をでっちあげて、偽の証拠を用意して、卒業パーティーでミレイアに婚約破棄を申し渡した。
何もかもうまくいったはずなのに、父上には怒られ、謹慎をさせられたが、結局の所、俺はマリナを婚約者にすることが出来て、王太子になる事も出来た。
父上に外交を任されるほど信頼されたのに、その外交がうまくいかなかった。
ジュピタル公爵家に戻って来るように言うだけの、簡単な仕事のはずだったのに、マリナがワーグナー殿を気に入ってしまい、うまくいかなかった。
マリナ、お前は俺の運命の相手なのに、どうして他の男を見るんだ?
帰国した俺は、父上に『誓い』を直され、魔力が著しく消費した状態だったのでよくわからないが、マリナが自分が皇国に嫁ぐ事で、交渉を有利に進めることが出来ると言ったと、侍従から聞いた時は、マリナの謙信に心が打たれた。
そこまでしなくても、我が国は大丈夫だと、すぐにでもマリナの傍に行って抱きしめたくなった。
魔力が回復して、マリナのところにいけば、健気にもマリナはいつもと変わらず笑顔で俺を迎えてくれた。
またあの笑顔を見るためにも、一刻も早くこの魔の森を出なければ。
使い慣れない剣をぐっと握り締めて、俺は歩き出した。
だが、すぐに聞こえてきた呻き声に、びくりと体をすくませてしまう。
魔物退治なんて野蛮な事、ミレイアのような女に任せればいいのに、どうして俺がこんな目に合わないといけないんだ。
兄上が、あんなにもあっさりと降伏するからだ。
王族なら、誇り高く最後まで抵抗して俺を逃がしてくれればいいのに、使えないな。
知らされた話だと、母上は最後まで抵抗したらしいが、最後は父上と同じように名誉ある死を迎えたという。
あんなに優しかった母上。
きっと無念の中死んでいったに違いない。
生きて帰って、俺の国を蹂躙した奴らを殺し、国を取り戻し、名誉を取り戻さなければ。
幸い、俺は父上から『渡り』の方法を聞いている。
生贄の青き血は、そこら辺の貴族でいいだろうし、魔導士だって、金を払えばいい。
国を取り戻すためだ、誰だって喜んで犠牲になるに決まってる。
「グォォォォォォッ」
「ヒッ」
近くで聞こえた声に、思わず体が硬直する。
俺をここに連れてきた魔導士は、もういないし、一人で対処するしかないのか?
気配を殺して慎重に進むが、がさりという音に思わず足を止める。
木の陰から恐る恐る見てみれば、そこには魔狼が二匹。
あんなものに魔法なしで勝てるわけがない。
遠回りの道を選んで、そっと慎重に進んでいくと、いつの間にか日が暮れていた。
野宿なんてしたことは無いが、ミレイアから遠征に行った時の話を聞いたことがある。
火を起こして、夜を明かすんだったよな。
でも、どうやって火を起こすんだ? 魔法があれば簡単なのに!
渡された道具に何かないかと探したが、火を起こせそうなものはなく、俺は仕方なくその辺の木に寄りかかる。
くそっ、どうして俺がこんな目に。
そう思いながらも、疲れた体は休眠を欲していたのか、眠りに落ちていく。
そういえば、ミレイアが言っていたな、野営をするときは結界を張っておかないと危ないとか……。
ふん、そんなもの、弱い奴の言い訳でしか、ない……だろう。
◇ ◇ ◇
「ん? ここ、は?」
起きると、眠る前とは全く違った光景が広がっていた。
これは、蜘蛛の巣か? それに、身動きが取れない。
何とか視線を動かすと、薄暗い中、もぞもぞと動くものが見える。
「ヒッ」
巨大蜘蛛が動いているのを視認して、俺は自分の置かれた状況を把握する。
寝ている間に、捕まってしまったらしい。
やばい、巨大蜘蛛に捕らわれた人間は食われる運命だ。
何とか逃げようと体を動かすが、蜘蛛の糸に絡められた手足は全く動いてくれない。
そうしている間に、巨大蜘蛛が俺の方に顔を向けた。
「く、来るなっ! 俺を誰だと思ってるんだ!」
そう叫んでみるが、巨大蜘蛛に通じるわけも無く、その大きな口が開かれ目の前に迫ってくる。
マリナっ。
咄嗟に浮かんだのはマリナの笑顔。
その次の瞬間、俺の意識は、暗転して、消えた。
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