そう言われましても

「あんたのせいね! あんたがあたしをこんな目に合わせて! そんなにあたしが憎いの? 学園であたしを虐めるだけじゃ、飽きないっていうの!?」


 訪問していらっしゃったマリナ様が、出会い頭にそうおっしゃったので、わたくしは思わず、目をぱちくりとさせてしまいました。


「何の事でしょう?」

「あんな使えない使用人をつけて、あんなぼろ家をあてがって、楽しいかって言ってるのよ!」

「そう言われましても、貴族でなくなったマリナ様にあれ以上の家は、それこそ功績を作らないと難しいかと思いますわ」

「あたしは『渡り人』なのよ!」

「ええ、ちゃんと功績を上げれば、他の人よりも王族への謁見が叶いやすくなるでしょう」

「アレで!?」

「あの家がある場所は、貴族街にも近く、治安もよく、買い物にも不自由しない場所です」

「そんなことどうでもいいわ!」


 どうでもいいと言われましても……。

 あの国で生活をする事を選んだのは、マリナ様ですのに、どうすればいいのでしょうか?

 確かに他の国に比べれば、マリナ様に同情的な国ですので、間違った選択ではありませんが、それでも、マリナ様がマロン様を誑かし、色々やらかしたことは知られていますので、貴族の養女は難しかったのですよね。

 それにしても……。


「随分と髪を切ったのですね」

「ああ、これ? いいでしょ。今からこの髪形をはやらせるのよ」

「学園の講義に、女性の髪には、魔力が宿ると言われていると習いませんでしたか?」

「そんなの迷信に決まってるじゃない。男の人なんて、髪が短いのに魔法がちゃんと使えるもの」


 それは、間違ってはいないのですが、魔法の媒介として髪は便利なのですよね。

 切った髪を保存している男性も多くいらっしゃいますもの。

 そのことも、ちゃんと講義で習っているはずなのですが、忘れてしまったのでしょうか?


「その髪型が流行するかは別として、随分思い切った髪型だとは思いますわ」

「すっきりしたわ」

「ちなみに、切った髪はどうなさいましたの?」

「捨てたに決まってるでしょ」

「そうですか」


 呪術の媒介に使われる可能性もあるのですが、恐らく、護衛としてつけている魔導士が処分したのでしょうね。

 それにしても、今日のご訪問は今の待遇について、と聞いていますが、先ほどの事で終わりなのでしょうか?


「ご用件は終わりましたか?」

「まだよ! ワーグナー様に会わせなさい。あんたがワーグナー様を騙してるのはわかってるんだから!」

「ワーグナー様でしたら、王城で執務をなさっていると思いますが」

「だったら案内して」

「少々お待ちください」


 私は伝令魔法を使ってワーグナー様にメッセージを飛ばします。

 しばらくして、マリナ様に会う義理はないと言う返事が返ってきました。

 さて、どうしましょうか。

 返事を待っている間、マリナ様は出されているケーキやお菓子をこれでもかと食べ、お茶をがぶがぶと飲んでいます。

 新しい家でも、お菓子もお茶もちゃんと頂けるはずなのですが、物足りないのでしょうか?


「マリナ様、大変残念ですが、ワーグナー様はお仕事がお忙しく、都合がつかないとのことでございます」

「いつになったら会えるのよ」

「わかりかねます」

「使えないわね」


 そう言われましてもねえ。

 マリナ様は紅茶の入ったカップを傾けて、一気に中を飲みほすと、ガチャンと音を立ててソーサーに戻し、わたくしをじろりと睨んできます。


「あたしの邪魔をしたって、ワーグナー様とあたしが結ばれるのは運命なの。悪役令嬢はお呼びじゃないのよ」

「それなのですが」

「なに?」

「ヒロインだとか、悪役令嬢だとかおっしゃっておりますが、マリナ様はこの世界に来たことを、物語か何かかと勘違いなさっていませんか?」

「……それにこたえる義理はないわ」

「そうですか。では、忠告だけ失礼しますが、こちらの身勝手で『渡り』の犠牲になったことにはひどく同情申し上げますが、この世界は物語ではございません。現実でございます」

「だからなによ」

「死ぬときは死にますし、めでたしめでたしで終わるとは限りません。以前も申し上げましたが、マリナ様の行動一つ一つが、人生を決めるという事を、お忘れなきよう、お願いいたします」


 わたくしの言葉に、マリナ様は意味が分からないと言う顔をなさいまして、「悪役令嬢のくせに」といって立ち上がりました。


「ワーグナー様の予定が空いたら知らせて頂戴。絶対にあたしに会いたいはずだから」

「ワーグナー様がマリナ様に会いたいとおっしゃれば、ご連絡いたします」


 その言葉に納得したのか、マリナ様は応接室を出て行きました。

 使用人が転移魔法を使えることで、魔導士だという事には気づいているでしょうが、彼女を有効活用してくれるといいですね。

 中級魔導士ではありますが、貴族出身の彼女は戦闘もそれなりに出来ますし、貴族としての知識も、逆に平民としての知識もありますから、マリナ様の教育にちょうどいいと思ったのですが、あの調子ではもう一人増やした方がいいのでしょうか?


◇ ◇ ◇


「ミレイア♡」

「まあ、ワーグナー様。このような時間にどうなさいました?」

「今日あの女が来たんでしょ? なにもされてない?」

「ええ、何の問題もありません」

「だったらいいんだけど。自分であの国に行きたいって言ったくせに、この国に遊びに来るとか、本気でなんのつもりなんだろうね」

「ワーグナー様に会いにいらしたのでは?」

「僕、あの女に会いたいと思った事なんて一度もないんだよね」


 ワーグナー様はそう言ってため息を吐き出しますと、わたくしを抱きしめてソファーに座ります。


「けれど、マリナ様はワーグナー様の側妃になりたそうでしたわよ」

「ないね。僕の妃はミレイアだけだもん♡」

「そうですか」


 まあ、何度もそうおっしゃっていますものね。


「マリナ様にも、良きお相手がいるといいのですが」

「あのマロン殿が、生きて魔の森から出てこれるとは思わないしね」

「そうですわね。ティーム兄様ぐらいに剣技を身につけていれば別でしょうが、マロン様はそう言ったことに興味がありませんでしたもの」

「自業自得だね」


 その言葉に、なんとも言い難い気持ちになります。

 もし、生きて魔の森から戻って来ることが出来ましたら、マリナ様の所に転移させて差し上げることも考えた方がいいかもしれません。

 本当に、生きて帰ることが出来れば、ですけれどもね。

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