後宮編は嫌なのよね(他者視点)
「マリナ、俺は必ず生きて帰って、お前を迎えに行くからな!」
そう言ってマロン様は魔導士に連れられて行った。
あたしは、平民として暮らすのなら一生遊んでも困らない、っていうだけのお金をもらって、同じように魔導士に連れられて知らない国に来た。
ワーグナー様はあたしに逢いたいはずだから、隣の国にしたけど、早く会いに来てくれないかな。
「こちらが、マリナ様の家になります」
「はぁ!? こんな粗末な家が!?」
案内された家は、今まで過ごしていた侯爵家から比べるととてもじゃないけどお粗末なもので、元の世界で言う二階建てのちょっと大きな一軒家っていう感じ。
「使用人も一人雇っておりますので、何かあればその者に申し付けください」
「一人!? 一人しかいないの!? あたしに対する護衛はどうなるのよ!」
「その使用人は護衛も兼ねております」
「あたしはワーグナー様の未来のお嫁さんなのよ! そのあたしに対してあんまりな態度じゃないの! 言いつけるわよ!」
「ワーグナー様の正妃はミレイア様です。この国は皇国とは友好関係にありますので、マリナ様も快く受け入れてくれましたし、理不尽で呼び出された『渡り人』に同情的です」
「だからなによ」
「いえ、この国を選んでよかったという話ですよ」
魔導士の言葉に、あたしは「ふん」と鼻を鳴らす。
「それで、この国の王族は、いつになったらあたしを迎えに来てくれるわけ?」
「なにをいっているんですか?」
「聖女であるあたしが来たのよ。王宮でもてなすのがあたりまえでしょう」
「マリナ様は、『渡り人』ではありますが、『聖女』ではありません。この国の王族と縁を結びたいのであれば、その力を磨くしかありません」
「あたしが聖女じゃないってどういうことよ! 王都に守護結界を張ったのよ!」
「その程度で『聖女』になるのであれば、ジュピタル公爵家は代々『聖女』を輩出していることになりますね。もっと大きな功績を上げなければ、『聖女』とは認められません」
「異世界知識でチートでもしろっていうの?」
「ちーと、というのはよくわかりませんが、かつて『聖女』と言われた『渡り人』は、多くの知識を有し、国を救ったと言われています」
「あたしはただの中学生だったのよ! そんな知識あるわけないじゃない!」
「……使用人は訓練されていますので、淑女としての知識も教えてくれるでしょうし、市井に紛れるのであればそれの手助けもしてくれるでしょう」
「なによ! 『渡り人』は丁寧に扱うべきなんじゃないの!? こんなの許されると思ってるの!?」
「国を混乱に陥れた張本人として、本来なら処罰されている所を、こうして自由を与えているのです。十分に丁重に扱っていますよ」
「ふざけないで!」
あたしがそう叫ぶと、ここに連れてきた魔導士は肩を竦めて「それでは」といって転移魔法で居なくなってしまった。
まだまだ言い足りないのに逃げるとか、何よ、ふざけてるわけ?
あたしは『聖女』なのに、被害者なのに、こんな理不尽が許されるわけないじゃない!
「マリナ様、ですね?」
「そうだけど、あんただれよ」
「使用人になりました、レナと申します」
そう言って頭を下げた女は、平凡な顔で、見ていて面白みもくそもない。
「家をご案内いたします」
「そんな事より、お風呂に入りたいわ」
「かしこまりました。準備は出来ておりますので、ご案内いたします」
「早くして頂戴」
そう言って家の中に入って、お風呂に案内されれば、確かに広めの浴槽にはきちんとお湯が張ってあった。
侯爵家に居た時は、言ってからしばらくしないとお風呂に入れなかったけど、すぐに入れるんだったら、この点だけは褒めてあげてもいいかもね。
服を脱いでその辺に放り投げて、浴槽に入ると、ほっと息が出る。
今日一日で信じられないことが沢山あったけど、これってやっぱり悪役令嬢によるざまぁ展開なのかしら?
でも、ワーグナー様はあたしに絶対に惚れてるはずだから、ちゃんと迎えに来てくれるわ。
正妃があの悪役令嬢っていうのは気に入らないけど、側妃が王様の一番の愛を受けるとか、あるあるよね。
聖女編が終わって、後宮編とかがはじまっちゃうのかしら?
あたし、ドロドロはちょっといやなのよね。
あの女が正妃だと、ワーグナー様の寵愛を一身に浴びるあたしがいじめられるかもしれないし。
そこまで考えて、お風呂の手伝いをしに使用人が来ないことに気が付いて、声を上げる。
「ちょっと、髪を洗ってくれる?」
そう声を出したのに、使用人が入ってくる気配はない。
「ねえ!」
声を張り上げると、やっと来た。
遅いのよ、全く使えないわね。
「何か御用でしょうか?」
「髪を洗って」
「申し訳ありませんが、それは業務内容に含まれておりません」
「はぁ?」
「私が申しつかっているのは、食事のお世話と洗濯、掃除、望まれれば淑女教育、もしくは市井で過ごすための教育でございます」
「あたしを誰だと思ってるのよ!」
「今はなき、ラーゼフォン王国の『渡り人』でございます」
「そうよ! あたしをもてなすのがあんたの仕事でしょう!」
「それは少々違いますね。お世話は致しますが、もてなすわけではございません」
「意味が分かんない! いいから言う通りにしなさいよ」
「私の雇い主はマリナ様ではございませんので、それは出来かねます」
「じゃあ雇い主をつれてきなさい!」
「ミレイア様は今お忙しくしておりますので、難しいかと」
ミレイア!? 今ミレイアって言った!?
あたしがこんな目に合ってるのは、あの悪役令嬢の仕業なのね!
「明日になったら、あの女の所に文句を言いに行くわよ!」
「皇国に行かれるおつもりですか?」
「そうよ! ワーグナー様に目を覚ましてもらわないと!」
「……お風呂から上がるころには、ミレイア様のご予定を確認しておきます」
「そうしておいて!」
出ていく使用人を見送って、あたしはこの世界のシャンプーを手に取って、久しぶりに自分で髪を洗い始めた。
この世界では、女は髪は長い方がいいとか言うから、随分伸びて洗うのが億劫ね。
そうだ! 髪を切って新しい髪形を流行らせるのはどうかしら?
聖女であるあたしがやるんだし、流行の最先端を行くわよね!
そう心に決めたあたしは、お風呂から上がってタオルで体と髪を拭いて、使用人に鋏を持ってこさせると、髪を適当な長さに切った。
この世界には美容院とか無いから、こういう時面倒ね。
「マリナ様、よろしければ御髪を整えますが」
「そうして」
髪を切るのに手間取ってると、使用人が口を出してくる。
初めからいいなさいよね、気が利かないんだから!
髪を切られながら、何度もこんなに切っていいのかと聞かれたけど、あたしは構わないから肩の少し下ぐらいまで切るように言った。
「こんなに髪が短いなど、平民になるおつもりですか?」
「この髪形をはやらせればいいだけよ」
「さようですか」
僅かに聞こえたため息がむかつくわね。
しかも、ミレイアはしばらく予定が詰まってるからアタシに逢えないとか言ってくるし、何様のつもりなのよ!
そのあと夕飯を食べて、今まで使っていたベッドよりも寝心地の悪いベッドに横になる。
質の悪いベッドに眠れないかもと思ったけど、今日一日で色々あったせいか、眠気はすぐに襲ってきて、あたしの意識は深く沈んでいった。
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