増えました(遠い目

 あの戦争から一ヶ月、戦後処理に関しては滞りなく進み、領主の任命も終え、わたくしとワーグナー様の婚儀の準備も進んでおります。

 マリナ様からは、相変わらずワーグナー様に会わせてほしいと言われておりますが、肝心のワーグナー様が会いたくないと言っておりますので、どうしようもありませんね。


「それにしても、ぴぃちゃん」

『なんです?』

「わたくし、ぴぃちゃんが、幻獣界の不死鳥のとある一族の女帝というのは聞いておりましたが、この状態はどういうことなのでしょう?」


 ただいま、わたくしの前、ともうしますか、ジュピタル公爵家の広大な庭の一部を改築している訓練場には、なぜか様々な幻獣が揃っております。


『ティピリィアル。こんなところに居たのか、ずっと探していたのだぞ!』

『妾が手負いの時に、何の手助けもしなかった腹黒クソド変態に、何の関係もありませんでしょう』

『あの時は、こちらも諍いがあったのだ』

『そうですよ、若い世代がなぜか血気盛んになって、隠居に近い状態だったわたし達は、身内から手傷を負わされている状態でした』

『ふん。それで、よくもまあ、妾の前に姿を現すことができましたわね』

『ティピリィアル殿、幻獣界に戻るつもりはございますの? もし戻らないのでしたら、私もこちらにお邪魔したいのですが』


 はい? 今なんだか幻聴が聞こえた気がしますわ。


『それはいい。幻獣界は若い者に任せて、儂らは人間界でまったりするのも良かろう』

『いいですね』


 いいですね、じゃないですわよ!?

 なにゆえに、神龍と、ドライアドと、キマエラが我が家に滞在することになっていますの!?


『妾はミレイアと契約している故、ここに居るのです。契約をしていないそなた達が人間界に居るなど、害悪でしかありませんわ』

『では契約をすればよかろう』

『それはよいですわね。人間と契約をするなんて数百年ぶりですが、その人間は魔力も問題なさそうですし、私共と契約をしても大丈夫でしょう』


 何がですか!?


『では、人間。申し訳ないのですが、契約を』

「少々お待ちいただけますか。状況を把握いたしますので……」

『構いませんよ』


 えっと、わたくしは先ほどまで、ぴぃちゃんのお散歩に付き合っていたのですよね。

 それで、気が付いたら三匹の幻獣が目の前に来て、突然ぴぃちゃんと話し始めて、なぜか我が家に滞在するために、わたくしと契約したいと……。

 うん、意味が分かりませんわね。


「ええと、ぴぃちゃんと契約しているだけでも恐れ多いですのに、これ以上の幻獣と契約するなど、恐れ多くて」

『そのようなこと、人間の娘が気にする事ではありませんよ』

『ティピリィアルと儂は旧知の仲。人間でいえば幼馴染のようなもの、そのティピリィアルが認めているのであれば、問題はない』

『そうですね。確かに、複数の幻獣と契約をすると言うのは、ここ最近では珍しいかもしれませんが、前例がないわけではありませんし、大丈夫でしょう』


 わたくしの意見を聞いてくれませんわね。

 あれでしょうか、ぴぃちゃんの時も、気が付いたら契約状態でしたので、幻獣には何か特殊な言語でもあるのでしょうか?


『それともなにか、儂らに渡す魔力がないとでもいう気か?』

「魔力に関しては構わないのですが、わたくしは特に契約したいとは思っておりませんの」

『まあ! なんて謙虚な人間なのでしょう! 私、貴女の事が気に入りましたわ』

「えぇ……」

『そうですね。過去には、わたし共のような幻獣と契約する事に驕った人間が多かったため、幻獣は人間といつしか契約しなくなりましたが、貴女でしたらよろしいでしょう』


 通じない! 言葉が通じているようで通じていません!


『なに、魔力をよこせばよいだけだ』

「そう言う問題では……。ぴぃちゃん、何とか言ってくださいまし」

『ミレイアの守りは、妾だけで十分ですわ。貴方達は不要です』


 なんだか論点がずれているような?


『何を言う、こんなに豊富な魔力を持っているのだ。守りは多い方がいいだろう』

『そうですよ。幻獣界の若造たちが何をするかわかりませんしね』

『あの無作法物共は、礼儀を知りませんから』

『それは、確かにそうですね』


 納得しないでくださいまし!


『ミレイア』

「なんでしょう、ぴぃちゃん」

『幻獣界の痴れ者はともかく、この者達を人間界に野放しにしておけば、いらぬ騒ぎを起こすでしょう』

「そうなのですか」

『そうしない為にも、貴女と契約した方がいいかもしれません。神龍がいれば、あの金竜も大人しくなるでしょうしね』


 後半部分が本音ですわね!?

 ガゼル様が常にぴぃちゃんの鳥籠の前を陣取っているのが、そんなに鬱陶しいのですか!?


『話は決まったか。では人間の娘、魔力を儂らに』

「……どうしても、でしょうか?」

『うむ』


 気が重いですわ。

 この方々を滞在させるために、王城でのわたくしの部屋の拡張を、いまからでもお願いした方がいいのでしょうか。


「では、魔力をお渡しいたしまっ!?」


 言った瞬間、ごっそりと魔力が持っていかれ、流石に地面に崩れ落ちそうになってしまいました。

 幻獣三体分の魔力は、厳しいものがありますね。


『ほう、これは何と甘美な』

『すばらしいですね。近代稀に見る甘露です』

『これほど芳醇な魔力、久しぶりですわね』


 お気に召したようでなによりですが、こちらとしては、立っているだけでぎりぎりです。


『そういえば、ティピリィアルには新たに名前を付けたのだったな、儂らにもつけておくれ』


 ええ……。


『真名を名乗ってしまうと、幻獣界の馬鹿どもに気づかれてしまうかもしれませんからね』

「そうですか、一応、皆様の真名をお伺いしても?」

『儂はヴォルスタングという』

『わたしはシュルタリアといいます』

『私はジュレヴィットです』

「では、神龍様はスタン君、ドライアド様はルゥちゃん、キマエラ様はレヴィちゃんと呼びますわ」


 あ、我ながら名付けのセンスがない事は自覚しています。


『よかろう。それで、ぴぃがそのように擬態しているのであれば、儂らも擬態したほうが良いのだろうな』

「そうしていただけると助かります」


 わたくしがそう言いますと、皆様小さくなりました。

 神龍様は白銀のオオトカゲのような格好に、ドライアド様は小さな子供のサイズに、キマエラ様は子犬ほどの大きさに変わりました。

 わたくしの部屋、なんだかどんどん賑やかになっていきますわね。


「そういえば、幻獣界で若い方々が反乱を起こしたのでしょう? それは大丈夫なのですか?」

『大丈夫ではないの。正式な継承ではないので、各一族の秘術など伝えられておらぬ』


 それって、一大事なのでは?


『痴れ者達の自業自得です。王座を譲ってほしければ、いつでも譲りましたのに、馬鹿な見栄を張った結果ですね』

『結果的に、世界樹を制御しきれなくなったら、泣きついてくるでしょう』

「え!? 世界樹!?」

『わたしは、世界樹を守護するドライアドの一族の王でしたからね。幻獣界から人間界に伸びている世界樹の制御方法など、秘術に関しては、まだ伝えていませんでした。ぴぃと同じように、王座が欲しいと言われれば、あんな面倒なもの、サクッと譲ったのですけどね』


 そんな簡単に譲っていいものなのでしょうか……。

 世界樹があるという御伽噺は聞いたことがありますが、幻獣界に大本があるのですね。

 そして、ルゥちゃんはそれを制御する秘術を持っていたと……。


 大惨事待ったなしなのでは!?


 わたくしが頭を抱えてしまいそうになる横では、久しぶりに会った皆様が、のんきに話をしていました。

 今後どうするかを考えることに必死だったわたくしは、皆様が話していた『稀代の魔力』という単語をうっかり聞き逃しておりました。

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