召喚された時(他者視点)

 あたしがこの世界に来た時、その場にいた王様っぽい人は、倒れているローブを纏った人や、血みどろの人の横で、がっかりしたようにため息を吐いた。

 こんな子供では相手にならないって。

 でも、その横に居た王子様っぽい人の一人は、あたしのことをキラキラした目で見ていた。

 だから、あたしはすぐに自分が乙女ゲームやラノベの世界みたいに、異世界に召喚されたんだってわかったわ。


「『渡り人』、君をこんな形で、こちらの都合で勝手に呼び出して済まない」

「え、これって乙女ゲームとかの王道ですよね。かまいません」

「……君は、ここで死んでいる人間や、君の横で血まみれで死んでいる人を前にしても、そんな事が言えるのかっ」


 そう言われて周囲を改めて見渡して、途端に匂ってくる血なまぐささに眉をひそめた。

 ヒロインの召喚には犠牲はつきものだけど、そういうのって、ヒロインが現れる時には消えてるものでしょ。

 なんで残ってるわけ?


「そこで血まみれになって死んでいるのは、僕の叔母上だ」

「だからなんですか? こんな血みどろや死体まみれの部屋に居るのいやなんですけど」

「君はっ!」

「兄上、彼女の言い分ももっともです。『渡り人』は丁重に扱わなくては。今後の事もありますし」

「……だったら、お前が連れていけ。僕にはこの部屋の後始末をする義務がある」

「死んだ者の後始末とか、大変ですね、兄上」

「すぐに、ジュピタル公爵家の魔導士が来る。『渡り人』の召喚の犠牲は、すぐさま消すのがしきたりだからな」

「それ、あたしが起きる前にしてほしかったです。あたしに血とかついてたらどうしてくれるんですか?」

「いくつもの命が犠牲になった事を、何とも思わないのか?」

「え? だってあたしが召喚されるぐらいですし、多少の犠牲はしかたないじゃないですか。綺麗な顔してるのに怒るなんて、怖いですよ」


 王道で言えば、この人も攻略対象だろうけど、こんな怒りっぽいのってなんかひいちゃう。

 その点、こっちの人はいい人ね、最初からあたしに好意を示してくれてるみたい。


「あ、あたし、マリナっていいます」

「そういえば名乗ってなかったね。俺はこの国の第二王子のマロン、あっちは第一王子のティーム兄上だ。さっさと部屋を出て行ってしまったのは国王、父上だよ」

「へえ、そうなんですか」


 うんうん、王子様の婚約者にする為に召喚か、王道ね。

 こういうのって、大抵王子様にはもう婚約者がいて、その人が悪役令嬢になるんでしょ?

 そして、あたしが聖女とかになって民衆に認められるんだわ。

 くふふ、こういうのを待ってたのよ。

 元の世界じゃ、他の女の子があたしの人気に嫉妬していじめとかして来てたし、いい加減うざったくなってたからちょうどいいわ。

 その時、数人の人が入ってきた。

 なんだか睨まれててこわーい。

 って、あたしぐらいの女の子もいるのね。


「ミレイア、この子が『渡り人』だ。仲良くやってくれ」

「……そうですの。ミレイア=ジュピタルともうしますわ。マロン様の婚約者をしております」

「へえ? あたしはマリナよ」


 ってことは、この子が悪役令嬢ね。


「この度、我が国の国王の身勝手で一方的に貴女を呼び出してしまい、申し訳ありません。貴女にも元の世界に大切な方がいらっしゃったでしょうに」


 なにこいつ、点数稼ぎ?


「きにしないで。パパもママも、なんか最近節約しなさいとか言ってうるさかったし、友達って言うか、虐めっぽいの受けてたし、まあ、男の子の友達はいたけど、マロン様やティーム様の方がずっとかっこいいもん」

「いじめ、ですか。それはなんともうしますか……」

「気にしないで。むしろこの世界に来てよかったっておもってるから」

「そう、ですか」

「それにしても、この部屋の匂い最悪よね。血の匂いに包まれての召喚とか、最悪」

「……そう、ですか」

「あの血まみれで死んでた人も、結局消えちゃうんでしょ? だったら、あたしが来る前に消えててほしいわよね。貴女もそう思わない?」

「……亡くなったのは、わたくしの母親でございます」

「そうなの?」

「ええ、王妹でございますので、今回の『渡り』につかわれる『青き血』に相応しいと、選ばれました」

「そうなんだ。あたしの為に死ねるなら本望よね。マロン様もそう思いません?」

「え? うーん、まあ、叔母上も王家の為だったし、必要な犠牲だったんだよ。さしたる抵抗もしなかったって聞くし。そうだよね、ミレイア」

「……ええ、『誓い』がございますので」

「なに、その『誓い』って」

「わかりやすく簡潔に言えば、王家に、国王の命令を絶対に聞くと言うものですわ」

「ふーん」


 さっすがファンタジー。

 魔法があるぐらいだし、そう言うのもあるのね。


「ジュピタル公爵、すまない。父上の暴走を止めることが出来なくて」

「仕方がありません。ティーム様も『誓い』に縛られているのですから」

「しかし……」

「王家は、今までのように『渡り人』を丁重に扱ってください。国王の身勝手とはいえ、わけのわからぬままこちらに呼び出されたのですから」

「そう、か。あいわかった」

「みたところ、魔力もそれなりにある様子、我がジュピタル公爵家に迎え入れることは流石に出来ませんが、どこかの公爵家、もしくは侯爵家の養女にするのがよろしいかと」

「わかった、父上にはそのように進言しておこう」


 聞こえてきた声に、あたしはそっちに視線を向ける。

 へえ、あのおじさんもなかなかカッコイイわね。でも、あたしはやっぱり年が近い人の方がいいわ。


「お父様、そろそろ始めましょう」

「ああそうだな」


 お父様? ってことは、あのカッコイイおじさんって悪役令嬢の父親?

 ぷっかわいそう。

母親も今回の事で死んで、婚約破棄されて家にも捨てられる未来があるっていうのに、純粋にしたってるって感じ。

 それにしても、今の会話だと、あたしってばいいところのお嬢様になれるってわけね。

 低い身分だと贅沢できないかもしれないし、ちょうどいいわ。

 あ、でも、あんまりわがままにすると、破滅フラグとかバッドエンドフラグが立っちゃうかもしれないし、トゥルーエンドを迎えるまでは控えておいた方がいいわね。


「マロン様、あたし、これからどうなっちゃうんですか? 不安です」

「悪いようにはしないよ。『渡り人』は丁重に扱うのが決まり事だ」

「本当? マロン様って頼りになるんですね」

「当たり前だよ。さあ、君の受け入れ先が決まるまで滞在する部屋に案内するよ」

「はーい」


 マロン様に案内されて行った部屋は、まるでお姫様の部屋みたいで、一生ここに住みたいって思っちゃった。

 異世界召喚っていったら、やっぱりこうよね。


「すてき、あたし、こんな部屋に憧れてたんです。あ、でも、あたしみたいなのがこんな素敵な部屋を使ってもいいんですか?」

「ああ、客室の一つだから自由に使って構わないよ。この世界についての講師もすぐに手配することになってる」


 うっわ、勉強しなくちゃいけないの? めんどくさい。


「はい、一生懸命頑張りますね」


 でも、ここは笑顔でこう返しておいた方が好感度が上がるわよね。

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