喧嘩を売りにいらしたの?
「ああっ! ミレイア様、なにマロン様と一緒に居るんですか! 未練があるのはわかりますけど、マロン様はあたしの婚約者なんです! 離れてください!」
マロン様と意味のない話をしておりますと、血のように赤いドレスを纏ったマリナ様がいらっしゃいました。
この皇国だからまだ許されますが、ラーゼフォン王国の隣国の中には血のように赤い色は王族の色と定められており、王族以外が着用できない国もございます。
実際、本日お越しになっている賓客の中には、その国の外交官もいらっしゃって、マリナ様の姿に絶対零度の視線を向けております。
「マロン様は外交官、わたくしはこの皇国の皇太子妃としてもてなしていただけです。それもお分かりにならないのでしたら、こちらにいらっしゃらない方がよろしいのではありませんか?」
「なによ! あたしにマロン様を取られた負け犬のくせに!」
「このような夜会で大声をだすなんて、『渡り人』は随分と礼儀がなっていないようですわね」
口元を扇子で隠して嘲笑するように言いますと、マリナ様は予想通りにマロン様の腕に抱き着いて、その胸を押し付け、目に涙を浮かべます。
「聞きましたか、マロン様。ミレイア様ってば、またこうやってあたしのことを馬鹿にするんですよ」
その言葉に、わたくしだけでなく、周囲にいる全員が失笑します。
「な、なによ馬鹿にして! こんな感じの悪い人の中に居たら気分が悪くなっちゃう。ねえ、マロン様、難しい話なんてしないでテラスで休みましょう?」
「マリナ、今は大事な話が」
「あら、わたくしに遠慮することはございませんのよ? 昔からよく、二人きりでテラスや庭園に出て、しばらく帰ってこなかったではありませんか」
遠回しに、浮気の事なんてずっと知っていたと言えば、マロン様は顔を青くさせて、何かを必死に考えるように、眉間にしわを寄せましたが、マリナ様は何が悪いのかわからないとでも言うようにわたくしを見てきます。
「ほらぁ、ミレイア様だってこう言ってますし、行きましょう」
「駄目だよ、今は仕事中なんだ」
「えー、下らない仕事なんて、下っ端に任せればいいじゃないですか」
大きな声ですので、王国の外交官の方々にも聞こえたのでしょう。
鋭い視線が投げかけられます。
外交を、下らない仕事なんていうなんて、本当にお勉強をしていらっしゃいませんのね。
よくもまあ、学園を卒業できたものですわ。
マロン様がお金にものを言わせたとしか思えませんわね。
まあ、なんでも構いませんけれども、これ以上ここで騒がれると、本当にちゃんと外交をしている方々の迷惑になるのですよね。
「失礼、大きな声が聞こえましたが、なにかありましたか?」
「ミレイア様があたしをばかに……え、かっこいい」
「あら、ワーグナー様。お話は終わりましたの?」
近づいて来たワーグナー様が、わたくしの腰を抱いてクスクスと笑います。
「お話ね。随分とラーゼフォン王国に都合のいい話ばかりの、夢物語を聞かされるのが仕事というのなら、終わったよ」
「都合のいいお話ですか?」
「ああ、魔物が発生した場合の無償の魔導士の貸し出し、しかも期限は無期限、とかね」
「あらあら、それはまた都合のいいお話ですわね」
「うん、交渉に当たった外交官も無駄だとわかっていたみたいだけど、仕事だからね。一応話だけはしたという事にはしておきたかったみたいだ」
「どなたの提案なんでしょうねぇ」
「あたし! あたしです! 何かあった時は、皆で助け合うのは当たり前じゃないですか!」
思わぬところから上がった声に、わたくしとワーグナー様の視線がマリナ様に向かった後、確認するようにマロン様を見ました。
マロン様は胸を張って頷いていますので、嘘はないのでしょう。
けれども、なるほど。頭にお花畑が咲いているマリナ様らしいお考えでいらっしゃいますね。
「では、提案者のマリナ様にお聞きしますが、魔導士を貸し出している間の給金は何処が払うのですか?」
「え、そんなのボランティアでいいじゃないですか」
「ぼら、なんとかというのは、無償で働けという事でよろしいのでしょうか?」
「そうですよ」
「その間の生活保障はどうなさいますの?」
「それまでの貯蓄で賄えばいいんです」
「そうですか。素晴らしいお考えだと思いますわ」
わたくしはそう言ってにっこりと微笑みます。
マリナ様はわたくしがそんな反応をするとは思わなかったらしく、きょとんと目を丸くなさいました。
「マリナ様は聖女になられたのでしたよね?」
「ええ、そうですけど」
「でしたら、聖女としてのお仕事も、そのぼらなんとかとやらで、無償でなさいますのよね」
「なっ、なんでそんなことしなくちゃいけないんですか! 労働には対価が支払われるべきです!」
「あら、けれども先ほど困った時はお互い様、とおっしゃったでしょう?」
「それは……、聖女の奇跡を受けることが出来るんですから、特別なんです!」
「おっしゃっていることがめちゃくちゃですわね。ねえ、ワーグナー様、わたくし、皇太子妃としてこのような事を言う方を聖女としている国との取引は、今後止めた方がいいと思いますわ」
「そうだね。契約書を交わしても、そんなものは覚えがない等と言われてしまいそうだ。皇太子として父上に進言しておこうかな」
わたくしの言葉にワーグナー様が肩を竦めますと、マリナ様が目を輝かせました。
「皇太子、様なんですか?」
「ええ、先ほどみんなの前で自己紹介をしたと思いますが?」
「あ、私はちょっと気分が悪くて席を外してたから」
「ああ、そうでしたか」
「それよりも、ミレイア様が皇太子妃ってどういうことですか!」
「どうもなにも、ミレイアは僕の婚約者。既に皇太子妃としての仕事もしてもらっているからね、この国では皇太子妃として扱われている、それだけだよ。周辺国にはそこの部分も踏まえてちゃんと周知しているはずなんだけどね。君、そこの第二王子の婚約者なのに知らないのかい?」
「マロン様は王太子です」
「へえ? 王太子ね……。メイドからそんな事を言っているという報告は受けているけど、本当にそう言っているなんて。マロン第二王子殿、君は正式に王太子になったのかい?」
「ああ、聖女であるマリナと婚約をしたんだ。俺こそが王太子だ」
「なるほど? ちなみに、聖女とは誰が認めたのかな? 少なくとも、我が皇国にその話はなかったはずなんだけど」
「国を守る結界を張っているんですよ。あたしが聖女でなかったらだれが聖女だっていうんですか」
「ふーん?」
そんな事を言うのであれば、ジュピタル公爵家の人間は代々聖女や聖人を輩出していることになりますね。
それに、国を守る、ではなく、王都を微弱ながら覆う結界、ですわよね。
「それにしても、えっとワーグナー様って可哀想。こんな性格の悪いミレイア様が婚約者だなんて」
「ミレイアの性格は悪くないよ?」
「そんなの演技ですよ。あたしには女の勘でわかっちゃうんです」
ふーん、女の勘ですか。
「そうだ! ワーグナー様。あたしと結婚しましょう! 聖女であるあたしと結婚したほうが、国の為ですよ!」
マリナ様は、傾国にでもなりたいのでしょうか?
マロン様の婚約者ですのに、その上ワーグナー様と結婚したいだなんて、常人のわたくしには意味が分かりませんわね。
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