外交官失格
ラーゼフォン王国からの使者は、なんと言いますか、無駄に豪華な一行でございます。
事前に頂いている使者のリストに、マロン様がいらっしゃるので、ある程度豪華になるだろうとは思っておりましたが、ここまで無駄に豪華ですと、かかった国民の血税に思わずため息が出てしまいそうになります。
彼の国には、もう転移魔法を使える魔導士もいませんので、馬車で数日間掛けてくる方法しかないとはいえ、ここまで無駄に豪華にする意味はあるのでしょうか?
しかも、中身を検分した門番の証言によりますと、荷物の大半がマロン様と、そしてなぜか一緒にいらっしゃったマリナ様の着替えだと言うのですから、あきれてものが言えません。
城に入った後も、自国でないにも関わらず、まるで自分の城であるかのように振舞って、部屋につけたメイドや侍従達を困らせているそうです。
しかも、自分は王太子だとか、聖女だとかおっしゃっているようですが、本当にそうなのだとしたら、随分と皇国を馬鹿にしておりますよね。
聖女のお披露目はまだしも、王太子が決まったことを知らせないなど、外交問題も甚だしいったらありません。
王太子が決定したら、近隣諸国にまず知らせると言うのは、お約束を通り越して常識ですのに、その知らせをよこさないまま王太子を外交に出すなんて、他国を侮っている証拠になりますわ。
まあ、マロン様とマリナ様がご婚約されたというのは、間諜からの情報で知っておりますが、これも他国に公表はされておりません。
仮にも王太子というのであれば、その婚約が他国に知らされないなど、あるわけがありませんのにね。
そうして、一応、外交官が来たという事で夜会が開かれたわけなのですが、場違いなまでに着飾ったマリナ様の姿に、参加した誰もが眉をしかめたのは言うまでもありません。
別に、着飾ること自体が悪いと言うわけではありませんが、他国に外交に来ているのにもかかわらず、まるで自分が主役だと言うようなドレスに装飾品を身に着けていては、外交をする気も失せると言うものです。
それにしても、建前上は輸出入に関しての外交なのですが、言葉の端々に、ともうしますか、マロン様の態度そのものが我がジュピタル公爵家に戻ってきて欲しいと言うのが見て取れ、外交担当の方も呆れておりました。
皆様の努力と言いますか、気遣いによって、わたくしはマロン様やマリナ様に遭遇しないようにしていたのですが、流石に夜会ともなれば会わないわけにもいかず、わたくしはワーグナー様の正式なパートナー、婚儀こそ上げてはおりませんが皇太子妃として夜会に参加しております。
「ごきげんよう、マロン様」
「やあ、ミレイア」
マロン様がわたくしの名前を呼び捨てにしたことで、周囲の温度がわずかに下がります。
「マロン様、わたくしはワーグナー様の婚約者、この皇国では皇太子妃として扱われております。マロン様に呼び捨てにされる覚えはございませんが?」
「なっ……い、従兄弟じゃないか」
「それに何の意味がございまして? わたくしが呼び捨てを許可しているのはティーム兄様だけでしてよ。今までは婚約者でしたので、マロン様が呼び捨てになさるのも見逃していましたが、婚約者でなくなりましたし、呼び捨てにしないでいただけますか?」
「そんな」
「そもそも、わたくしは皇国の皇太子妃、正式(・・)に王太子として発表のなされていないマロン様とは違いますの。わたくしの事は、諸外国に正式にお披露目されておりますのよ。もちろん、ご存じでしょう?」
知らないと言うのであれば、それはマロン様が外交に一切興味がないという事ですものね。
「そ、それは……。そ、そうだ! 今日はミレイアに言いたいことがあるんだ」
「わたくし、今さっき、呼び捨てになさらないようにと言いましたわよね?」
「み、ミレイア殿に言いたいことがある」
「なんでしょう?」
「貴殿は、いや、貴殿の家は我が王国の貴重な財産を強奪した。即刻返却してもらおうか」
マロン様の言葉に、会場の気温が下がっていくのですが、ご本人は気が付いていないようですね。
「貴重な財産とは?」
「魔導士を誘拐したじゃないか!」
「まあ! 我がジュピタル公爵家に属する魔導士は確かに、わたくし共と一緒にこの皇国に参りましたが、ジュピタル公爵家に属する魔導士の処遇に関しては、ジュピタル公爵家に一任すると言うのは、国との正式な契約でございましょう? それに、全ての魔導士が居なくなったわけでもあるまいし、何をそんなに必死になっていらっしゃいますの?」
「それは……、とにかく、魔導士を返せと父上からのご命令だ!」
「命令ですか? 他国の者に命令できるほど、ラーゼフォン王国は権力を持ったのでしょうか?」
「どういうことだ」
「おわかりになりませんの? ジュピタル公爵家は正式に皇国の貴族となっておりまして、それに所属している魔導士もまた、間接的にこの皇国に所属しておりますの」
「だったら、お前達ジュピタル公爵家が魔導士を解放すればいいだろう!」
大声をだすマロン様に、会場の視線が集まります。
「誤解されては困りますが、彼らは自ら進んでジュピタル公爵家と契約を結んでおりますの。契約の絶対性は、王族であるマロン様ならお分かりですわよね?」
「そんなもの、どうにでもなるだろう」
「まあ! まさか王族であるマロン様からそのような言葉を聞くとは思いませんでしたわ。それでしたら、即刻国にお帰りになって、御父君に『誓い』を破棄していただくよう進言なさってはいかが?」
「兄上も言っていたが、『誓い』とは、国に貢献することを約束するために王族に課せられるものだろう。何が問題なんだ」
「まあ……」
これは驚きました。王族教育に組み込まれているはずの知識ですのに、まさかマロン様が知らないなんて。
それでよくもまあ、王太子(・・・)だなんて名乗ろうとしましたわね。
「お国に帰ってお勉強なさった方がよろしいですわ」
「なっ……」
「ところで、一度顔を出してから、貴方のご婚約者様のお姿が見えませんが、如何いたしましたの?」
「あ、ああ……ドレスが気に入らないと言って、着替えに戻った」
「ドレスですか?」
「着ていたドレスでは、俺の婚約者として見劣りしてしまうからと言っていた」
「まあ、そうですの。外交官のパートナーとしていらっしゃっているのにもかかわらず、その席を空けるなんて、常識がなっていないのではございませんか?」
「マリナはこういう席になれていないんだ」
「王太子(・・・)の婚約者ですのに? そう名乗るのであれば、もう少しお勉強なさった方がよろしいのでなくて?」
「ぶ、無礼だぞ!」
「わたくしは本当の事しか言っておりませんわよ? それにしても、他の外交官の方は、皇族の方々と親睦を深めたり、外交の話をしておりますのに、肝心のマロン様はわたくし相手に意味のないことをしていてよろしいの?」
「だから、俺は俺でちゃんとお前を説得すると言う、重大な任務を」
「捨てたのは、マロン様でしょう? わたくしに婚約破棄を突き付けたんですもの、このぐらいの事、当然予想出来ていましたわよね?」
「そんなのわかるわけがないだろう!」
「あらあら、こんな簡単なこともわからないなんて、よくもまあ、王太子(・・・)なんて名乗れますわね」
馬鹿にしたように言いますと、マロン様は顔を真っ赤にしてわたくしの前から立ち去って行きました。
本当に、マロン様が王太子(・・・)になったら大変ですわね。
マリナ様がちゃんと補佐を出来るとは思えませんし、そもそも、マロン様が即位なさるまで、国が残っているかもわかったものではありませんわ。
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