真相って怖い

「エッシャル様、お聞きしたいことがあるのですが……」

「如何なさいました? ミレイア様」


 わたくしは、特別講師として訪問した学園の食堂テラスで、お茶を頂きながらも突き刺さってくる視線に、思わず内心ため息を吐き出したくなってしまいます。

 敵意や悪意ならどうにでもあしらえるのですが、いえ、下心ありのうざったい視線にも慣れているのですが、これは……。


「どうして皆様、まるでわたくしを崇拝するような、というか、きらきらと尊敬するような目で見てくるのでしょうか?」

「あら、お気づきにならないの?」

「ええ。思い当たる節はございませんわ」

「ミレイア様が、家で不遇な扱いをされていた、実はとても優秀な生徒を救い出し、自らの手で教育をしている、ともっぱらの噂なのです。彼らの状況は、学園でもそれなりに噂になっておりましたので、皆が皆、口には出せずとも心配しておりましたのよ」

「そうですか。それは存じ上げませんでしたわ」

「無意識って怖いですわね」

「所で話は変わりますがエッシャル様」

「なんでしょう?」

「エッシャル様はついこの間まで、わたくしに敵意を向けていらっしゃいませんでしたか? 具体的にはワーグナー様関連で」


 そう。何を隠そう、このエッシャル様こそが、お披露目の夜会でわたくしに喧嘩を売ってきた張本人なのです。

 なにゆえ、わたくしの前でのんびりとお茶を飲んでいらっしゃるのでしょうか?

 現れた時は、また喧嘩を売りに来たのかと思ったのですが。


「ああ、ワーグナー様については家の意向ですわ」

「そうなのですか!?」

「ええ、ワーグナー様を篭絡できない娘など、家の為にどこぞの年上変態おやじに嫁に行けといわれましたので、八割がた殺して家を出ましたの」


 ええ……。


「実際、ワーグナー様には意中の方がいるなんて、令嬢でしたら皆知っていることでしたし、なんだったらワーグナー様自身が、意中の方を手に入れるために、虎視眈々と戦争の準備をしていることも知っておりましたので、一部の馬鹿な貴族以外は、こっそりと自活の手段を学んでおります」

「それは、なんともうしますか……」

「わたくしも、幸いな事に、騎士団の方と仲を深めておりまして、先日プロポーズをしていただきましたの。ですので、もっと彼を徹底的に鍛えてくださって結構ですわ」

「…………ああ、ゲルバードル様ですか」


 エッシャル様の左手の薬指にはまった指輪に込められた魔力から推測しますと、エッシャル様はにこりと微笑みます。

 先日の模擬訓練で我がジュピタル公爵家に引き取った騎士の中に、確かに同じ魔力を持った方がいらっしゃいます。

 まさかエッシャル様の隠れた恋人だとは思いませんでしたわ。

 ん? ということは……。


「もしかして、この国の年頃の貴族令嬢の大半が、演技をなさっているという事なのでしょうか?」

「いいえ」

「そうですわよね、安心しました」

「演技をしていた、ですわ」


 OH……。


「家から放逐されたり、自ら縁を切ったり、多くの貴族令嬢はミレイア様が皇国にいらっしゃってくださったおかげで随分自由になれましたのよ」

「もしかして、ここ最近皇帝陛下が異常に忙しくなさっていたのって……」

「各家の令嬢との絶縁申請書の受理に追われていたのではないでしょうか」


 大丈夫ですの!? この皇国は大丈夫ですの!?

 男ばっかり残っても、女性が居なかったら子供が生まれませんのよ!?


「ああ、夢を見ているのは親世代で、子供世代は現実をしっかり見ることが出来ていますのでご安心ください」

「そう、ですか……」


 それは、ある意味安心というか、それが当然と言うか……。


「何十年か前に、皇国で貴族を巻き込んでとてもお花畑、いえ、夢見がちな小説が流行りまして」

「はあ」

「それを真に受けたばk……おまぬけさん達が、我が娘こそ小説に出てくるような、約束された皇妃! などと阿呆な考えを持ってしまいましたの」

「それは、大丈夫なのですか?」

「先代の皇帝陛下が事態を重く見て早々に隠居、皇帝陛下もその本を回収、破棄、魔力を追って一冊残さず破棄しましたので、現物は一切残っておりません」

「ああ、それで今代の皇帝陛下はお若くして皇帝の座に就いたのですね」

「ええ、いかにミレイア様とはいえ、当時は他国の方でしたので、このような恥ずかしい事を、お伝えすることは出来なかったのでしょう」


 まあ、そんな噂が広まったら、他国に付け入る隙が出来るどころか、「うちの国は馬鹿の集まりなんで侵略してください」と言っているようなものですものね。

 それにしても、わたくしが知らないうちに、皇国にも色々あったのですね。

 というか、令嬢の大半が演技をしていたというのを見抜けないなんて、わたくしもまだまだですわ。

 このような事では、いつ魔物に付け入られるかわかったものではありませんし、もっと修練しませんと。

 皇妃にもなるでしょうし、人心掌握術は学んでおいて損はありませんわよね。


「それにしても、驚きましたわ」

「何がでしょう?」

「私、いくらワーグナー様が持ち上げるとはいえ、所詮は私達と同じ貴族の令嬢だと思っておりましたの。だって、ミレイア様のご実家の噂は届いても、ミレイア様自身の噂は聞きませんでしたもの」

「わたくしが本気を出すときは、基本的に護衛を置き去りにしてのソロ活動でしたものねぇ」

「それもどうかと思いますが……。それに、この皇国まで噂が届くほどの馬鹿王子の婚約者でいらっしゃったでしょう? 国庫を傾けるほどではないにしろ、凡愚と有名なあの馬鹿王子の」

「否定はしませんが、その悪意ある噂の大本はワーグナー様でしょうね」

「そうですわね」


 否定して! そこは否定してくださいませ!


「本当に、多くの令嬢が下らないしがらみから解放されて、安堵しておりますの。ああ、それでも残っている馬鹿は、本当にどうしようもない馬鹿ですので、なんだったらミンチにしてくださっても結構ですわよ」


 わあ、皇国は実力主義ですが、一部を除き、過激集団というのも付け加えた方がよろしいのではないでしょうか?

 それにしても、ワーグナー様の側妃に納まろうとしている方がまだいらっしゃるのですか。

 わたくしとしては、ワーグナー様のあまりある欲望を分散させるいい手だとは思うのですが、「ミレイアじゃないと立たない♡」とか言ってますし、実際そのようですし……。

 わたくしが自ら調合した媚薬を飲ませて、美女の前に放り出しましたのに、兆しも無いとか、あの時は本当に色々な意味で崩れ落ちてしまいましたわ。

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