皇太子妃としてのお仕事

 皇太子妃(まだ婚儀をあげてませんが)としての公務に、定期的にお茶会を主催するというものがあります。

 公爵家の令嬢方は、わたくしよりもそれなりに年齢が上の方々で、わたくしの事は妹のようにかわいがってくださっておりますが、侯爵家以下の令嬢の中には、未だにワーグナー様の側妃の座を狙っている方が居ります。

 はっきりきっぱりこれでもかというほどに、ワーグナー様が側妃は持たないと宣言したにもかかわらずです。

 あきらめのくそ悪い、いえ、根性逞しい方々ですよね。

 もっとも、そんな方々は片手ほどなのですが、それぞれ取り巻きを連れていらっしゃって、わたくしに付け入る隙がないかと虎視眈々と狙って、というか、作ろうとしておりますの。


「ミレイア様は、彼の国では王子様の婚約者でいらっしゃったのでしょう? それを婚約破棄されたとか。どんな落ち度があったのでしょう? わたくしでしたら、このような場に出るなんて恥ずかしくてできませんわ」

「まあ! 何をおっしゃいますの? 下半身の緩い殿方の相手なんて、気苦労ばかり、いつ見も知らぬ子を連れてくるかわかったものではありませんわ。それとも、貴女は自分の子供でなくとも、誠心誠意愛して育てる自信がありまして?」

「当然ですわ、それが貴族の義務ですもの」

「そうなのですか。それでは、貴方の婚約者のベッガル様がメイドに手を出して作ったお子様も、さぞかし立派に養育なさるのでしょうね」

「なんですって!?」

「あら、いまおっしゃったではありませんか。それが貴族の義務だと」

「口から出まかせをおっしゃらないで!」

「証拠ならありましてよ? ベッガル様名義で二年前に平民街に購入なさった家、あそこに母子で暮らしていらっしゃるとか。ベッガル様も足繁く通われているそうですわね」

「な、何を根拠に!」

「ご存じありませんの? 兵士達の間では、それはもうお子様の事を自慢なさっているそうですわよ。ご自分に似た赤色の髪も、緑色の目も堪らなく可愛いと」

「っ……わたくし、急用が出来ましたので、失礼しますわ」

「ええ、お気をつけてくださいませね」


 そういって立ち上がった侯爵令嬢を、にっこりと見送りますと、内心こっそりとため息を吐き出します。

 まったく婚約者がいる身でワーグナー様の側妃の座を狙うなんて、野心家でいらっしゃいますわよね。

 それにしても、どの国にもばk……こほん、下半身の緩い方はいらっしゃるもので、ほんの数ヶ月騎士や兵士、貴族の動向を見張らせるだけで、その数は片手から溢れるほどでございました。

 別に、婚儀をすませてから正式な手続きをして、妾や愛人を囲うのは構いませんが、婚約者がいるにもかかわらず、他の女性に手を出したり、身ごもらせたりするのはルール違反です。

 貴族ではない自分を見て欲しいとか、だったら貴族籍なんか捨てて平民になりやがれってものですよね。

 義務を放棄して権利だけを甘受しようなんて、甘っちょろい考えをしていたら、この皇国にどんな悪影響を与えるかわかったものではありませんわ。

 まあ、そんな事をなさった方々は、ちょっと魔法でパイプを切って今後一切子供を作れなくする処置をさせていただく予定になっております。

 もちろん、家の同意は得ておりますわ。

 どの家にも、優秀な弟妹がいたことで思ったよりもすんなり承諾を頂けました。

 貴族にとって醜聞は致命的ですものね。

 あの方、優秀ですのに、実家と婚約者に恵まれなくてお気の毒ですわ。

 婚約破棄が整った際に、良縁に恵まれますよう、わたくしの方からも働きかけましょう。


「ミレイア様」

「どうなさいましたの? レベッカ様」

「その、ミレイア様が学園の特別講師にいらっしゃると、風の噂で聞きましたが、本当なのでしょうか?」


 どこかおどおどと、強いて言うのであれば目立つ事を良しとしないような令嬢ですが、身分は伯爵家とそれなりのものです。

 ただし、三女ということで、このような表舞台に出てくることはほとんどございません。

 この度のお茶会は、子爵家から公爵家までの未婚の令嬢全て(・・)を招集しているから、出席出来ていると言った感じですね。

 それにしても、とレベッカ様をみますが、レベッカ様のご実家はそれなりに裕福でいらっしゃるはずですのに、着ているドレスはサイズがあっておらず、流行遅れの物、しかも、新品ではなく明らかに着古されたものですね。

 べつに、着古したものが悪いと言っているわけではありませんよ。

 リサイクル、リメイク、どれも素晴らしいと思います。

 ただし、キチンと手が入っていれば、という大前提が付きます。


「ええ、陛下より、才能のある方を見つけたら、わがジュピタル公爵家で面倒を見て欲しいと言われておりますの」

「それは本当ですか!?」

「このような場所で嘘をついても仕方がございませんでしょう?」

「あ、そうですね。申し訳ありません。……け、けれどジュピタル公爵家は魔道特化のお家ですものね、わたくしのしている研究とは、また分野が……」

「あら。貴女のなさっている研究ですか?」

「はい、その、飢饉に備えて強い種子を開発する、いわゆる錬金術という分野でございます」

「まあ! それは素晴らしいですわね! 皇国も全てが順風満帆というわけではありませんもの。辺境に行きますとどうしても貧富の差が出てしまいますでしょう? わたくしもどうにかしなければと思っておりましたのよ」

「そ、そうなんです! その、お恥ずかしい話ですが、私の母は、その……貧しい家の出身でして、私も数年前にお父様に引き取られるまでそこで暮らしていましたので、飢饉の恐ろしさは身に染みています」

「そうなのですか」

「幸いな事に、私には魔力があり、それが判明してお父様に引き取っていただきました。もちろん、皇都での暮らしに文句はありません! けれども、こうしている間にも、わたくしの生まれた村では食うに困っているものが居るかと思うと……」

「そのお心、とても素晴らしいものだと思います」

「そうでしょうか? 家の者には、伯爵令嬢たるものが錬金術に傾倒するなど、恥だと言われておりますが」

「なにをいうのです。我が家が抱える魔術師の中には、レベッカ様のように錬金術に重きを置いている者もおります。そのものを紹介いたしますわ。あ、けれど男性ですわね、レベッカ様は婚約者はいらっしゃいますか? いくら師弟関係になるとはいえ、婚約者がいらっしゃるのに男性と二人きりというのはよろしくありませんわよね」

「大丈夫です! 私、家では無き者として扱われていますし、その……家に居ても、居心地は、よくありませんので」

「そうですか。では、早速荷物をまとめて我がジュピタル公爵家の研究棟にいらしてくださいませ」

「え、早速ですか?」

「こういうことは早い方がよろしいでしょう?」

「は、はい」


 わたくしはそう言いますと、レベッカ様の師匠にすべき魔術師に当てて手紙をしたため、小鳥に化けさせて飛ばします。


「い、今のは魔法ですか!?」

「ええ」

「すごい! なんの魔法陣も詠唱も使わずにあんな! ミレイア様は噂に違わぬ才能をお持ちなのですね!」

「ふふ、ジュピタル公爵家に所属する魔術師でしたら、このぐらいのこと誰だってできますわ」


 わたくしがそう言いますと、レベッカ様が少し考えこむように俯きました。


「私も、出来るようになる日が来ますでしょうか? 魔力だけがあって、なにもできませんのに」

「そうですわねえ、レベッカ様の魔力ですと、せいぜい中級魔導士レベルですわね」

「そう、ですよね」

「けれど、そこに錬金術というものが加われば、上級魔導士の端くれ並みの実力をつけることが可能かもしれません。なによりも、魔力を持たない方にも扱える魔道具の開発は、我がジュピタル公爵家でも課題になっておりますので、ご協力いただければと思います」

「は、はい! 私、がんばります!」

「ええ、期待しておりますわね」


 ふふ、ティンダロ様も優秀な弟子が出来てお喜びになるでしょう。

 でもあの方、女性が苦手なのですが、まあ、大丈夫ですわよね。

 ちょっとどもったり、挙動不審になったり、顔が真っ赤になって逃げだすぐらいですもの。

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