揉んでおります
わたくしの目の前には、死屍累々と言う感じに、倒れ込んだ騎士や兵士達がいます。
「何をしていますの? わたくしの体にかすり傷ひとつどころか、ドレスに汚れ一つ、ついていませんわよ?」
先日の魔物討伐の帰り、竜を見ただけで騎士や兵士が怯えたり、中には逃げ出す方もいたため、皇帝陛下がちょっと揉んでやってくれ、とお願いしていらっしゃいましたので、訓練場に顔を出して、言葉通り、揉んでいる最中です。
まあ、わたくしの実力をわからせると言う側面もありますわね。
何かあった時の為に、ヒスイの他、実力のある魔導士も居ますが、味方同士で傷つけあったりした場合の回復要員になっています。
「公爵家の小娘ごとき、なのでしょう? ほら、意識があるのでしたら、血反吐を吐いてでも立ち上がって攻撃していらっしゃいませ」
そう言いながら、重力魔法で倒れている方々に、物理的に圧力をかけて行きます。
声にならない悲鳴が聞こえますが、知ったことではありませんわ。
確かに、彼の国の平和ボケした軍の人間よりはましですが、まだまだ甘いですわね。
「……あらあら、この程度で動けなくなるなんて、鍛え方が足りないのではなくて?」
わたくしの言葉に、数名の騎士が剣を地面に突き刺してなんとか立ち上がります。
その様子に、わたくしは優雅な微笑みを浮かべ。
「ぐぇっ」
「がっ」
容赦なく一瞬で距離を詰め、魔法で強化した拳を叩きつけました。
「隙だらけですわ」
そう言って、今度は丁寧に一人ずつ、殴っていき、意識を奪っていきました。
すぐにヒスイ達が治癒魔法をかけていますので、傷や後遺症が残る事はないでしょう。
全員の意識がなくなったのを確認して、肩を竦めます。
「お嬢、些かやりすぎでは?」
「そうかしら? わたくしの事を、貴方達に守られているだけの、か弱い令嬢だと思っていたようですし、ちょうどよいのではなくて?」
「お嬢は見た目詐欺ですからね」
ヒスイの言葉に、魔導士達が同意すると言わんばかりに笑って頷きます。
「貴方達も遊んで欲しいのかしら?」
「勘弁してください」
両手を軽く上げてヒスイがそう言いますと、他の魔導士達も顔を引きつらせて頷きました。
そんな会話をしていると、少しずつ騎士や兵士達の意識が戻って来たようで、体を起こす方々が出てきました。
「目が覚めましたか? では、続けましょうか」
にっこりと微笑んでそう言いますと、幾人かが訓練場を逃げ出そうとしましたが、結界に阻まれて叶いませんでした。
「敵前逃亡は、重罰でしてよ」
「ひぃっ」
その後、訓練場には日が暮れるまで、悲鳴が響き渡りました。
屋敷に帰る前、皇帝陛下に結果報告をするよう言われておりますので、執務室に向かいますと、その途中でワーグナー様とお会いしました。
「流石は僕のミレイアだね♡ 騎士も兵士も、ミレイアの実力を認めたと思うよ」
「始まった時から、遠くから見ていらしたようですが、公務はどうなさいましたの?」
「ちゃんと終わらせていたよ」
「それならよろしいのですが。あのようなもの、見ていて楽しいのですか?」
「ミレイアのすることだったら、なんでも見ていたいな♡」
「そうですか」
並んで皇帝陛下の執務室まで歩いていきます。
「それにしても、ミレイアにかかると、皇国の騎士や兵士も子供同然、ううん、小さな虫並だね」
「見込みのある騎士や兵士のリストアップは出来ましたわ」
「へえ?」
「ジュピタル公爵家所属の魔導士の指導を受ければ、戦場で今まで以上に活躍が期待できます」
「そっか、それはいいね。優秀な人材の多くは近衛騎士に取り上げるから、一般の騎士や兵士もこの機会に力をつけて欲しいな。せっかくジュピタル公爵家が皇国に来てくれたんだし」
「本来、ジュピタル公爵家は魔法特化で、武術は専門ではないのですけれどもね」
しみじみそう言いますと、ワーグナー様が声を立てて笑いました。
「魔力を封じての戦闘訓練もしておきながら?」
「当たり前です。魔力の枯渇はすなわち生命力の枯渇ですもの。魔力を使えない状況でも戦えなくては、いざというときに困ります」
「おっかないなぁ。でもそんなところも大好き♡」
話しているうちに皇帝陛下の執務室の前に到着しました。
護衛の近衛騎士の方に名前を告げる前に、扉を開けてくださいます。
中に入ると、なぜかワーグナー様もついていらっしゃいます。
「来たか、ミレイア。状況報告は聞いている。大分揉んでくれたようだな」
「あまり手ごたえはありませんでしたわね」
「そう言ってやるな」
陛下が苦笑なさいました。
「こちら、見込みのありそうな方のリストです。よろしければ、ジュピタル公爵家でお預かりしますわ」
そう言ってリストを手渡しますと、陛下は一覧を見て考えるように顎に手を当て、ふむ、と頷きました。
「この国の魔導士の育成も手伝ってもらっているが、そちらの人手は大丈夫なのか?」
「守護結界を張ることもありませんし、他国から討伐依頼を受けるわけでもありませんし、仕事は与えた方がいいと思いますの」
まあ、暇を持て余すと、自主的にダンジョンに行ったりしているのですけどね。
「そうか、ならば私からもジュピタル公爵に頼んでおこう。それにしても、今回の事で、騎士や兵士もミレイアを正式に認めるだろう」
「近衛騎士はお相手しなくても大丈夫ですか?」
「あ奴らは自分の実力をわかっているからな」
ふむ、わたくしとの力量差はわかっているという事ですか。
「それで、ワーグナーは何の用だ? まさかミレイアに付いて来ただけか?」
「そんな事をして、また母上にお説教されるのはごめんです」
お説教とは、先日おっしゃった、我が家に長期滞在すると言う事に対してですね。
自分を差し置いて、皇太子が城を空けて、我が家に長期滞在なんてとんでもないと、おっしゃったとか。
皇妃陛下、ご自分も一緒だったら許可を出しそうなところが怖いですわ。
「ちゃんと報告書を持ってきましたよ。彼の国、ラーゼフォン王国の状況報告書です」
ワーグナー様がそう言って、何もない空間から書類の束を取り出し、陛下に渡しました。
守護結界も無くなっていますし、間者を送り込むことなんて簡単でしょうね。
「…………ふむ。ミレイア」
「はい」
「例の『渡り人』が王都に結界を張っているそうだ」
「あらまあ」
「しかし、効果は薄い物理防御結界、しかも、毎日魔力を送り込まなければ維持できないほど弱いものだそうだ。『渡り人』の魔力回復が追いつかないからと、国に残っている下級魔導士を集め、限界まで魔力を搾り取っているらしい」
彼の国は軍も脆弱ですし、下級魔導士も魔力をほとんど使い果たしていると言うのなら……。
「攻め込みますか?」
ワーグナー様がわたくしの心を代弁してくださいました。
「そうしてもいいのだがな。本日、彼の国より書簡が届いた」
「へえ?」
「国交強化のため、使者をよこすそうだ」
「彼の国に、まともな外交官なんていませんわよ?」
「だろうな。守護結界に頼りきりで、他国に囲まれているくせに、外交なんてほとんど無視していたような国だからな」
この数代、領土を広げようともしていませんでしたものね。
「だから、来るのは恐らく王族の人間だろう。そして、第二王子の可能性が高い。平和ボケした国王でも、第一王子、つまり一番王位継承権の高い者を使者に出すほど、馬鹿ではないだろうからな」
「マロン様がまともに外交を出来るとは思えませんわ」
「もちろん、ちゃんと外交官もつくだろうが……。一番の目的は、十中八九ジュピタル公爵家だ」
「我が家ですか? 今更戻れとでも言う気なのでしょうか」
「それ以外に、彼の国が我が皇国に使者をよこす理由がない」
皇帝陛下の言葉に、わたくしは思わず内心盛大にため息を吐き出しました。
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