ぴぃちゃんは強いのです
着替えて衣裳部屋を出ると、身もだえる金竜、遠くを見つめるワーグナー様、いつも通りに微笑みを崩さないカタリナと、中々にカオスな状況です。
「お待たせしました」
「待ってないよ。そのドレスも可愛いね♡」
『ふぉぉぉぉぉぉっ!!!』
念願の不死鳥を見て、感無量という感じですわね。
『……随分と、騒がしい竜ですわね』
『しゃべったぁぁぁぁ!』
『妾を何だと思っているのです。話すぐらい当たり前でしょう』
『ふぉぉぉぉぉっ』
相変わらず、冷静なぴぃちゃんですが、こう見えて、不死鳥のとある一族の長を務めていたほどの実力者だそうです。
他の幻獣からの強襲を受け、一族の不死鳥を守るため孤軍で戦い、弱っていたところを背後から仲間に襲われ、傷だらけになって幻獣界から逃げ出したと言われました。
どうやら、長年女帝として君臨していたぴぃちゃんへの反乱分子が、他の幻獣の強襲を手引きし、とどめを打つように背後から攻撃したようです。
ぴぃちゃんは、とどめを刺しきれないなど、所詮はその程度と言っていましたが、不死鳥にも色々あるのですね。
「ぴぃちゃん。この金竜は、この皇国の竜の巣の長ですわ。不死鳥の大ファンで、ぴぃちゃんを一目だけでも見たいとおっしゃったので、連れてまいりましたの。嫌でした?」
『ミレイアがよいならば、よろしいですわ』
よかったです。これで嫌だと言われたら、今すぐにでも金竜を竜の巣に戻さなくてはいけませんもの。
『それに、ミレイアは竜の息子に嫁入りしますからね。妾も竜に顔を繋いでおいて損はないでしょう。そこの金竜』
『なんじゃ! 不死鳥!』
『ミレイアは我が娘も同然。この意味はわかっていますね?』
『もちろんじゃ! この皇国の竜総出で手厚く迎え入れよう!』
『それならばよろしいですわ』
満足そうに言ったぴぃちゃんは、そのまま静かに目を閉じようとしましたが、
『ふ、不死鳥!』
金竜の声に、ちらりと視線を戻しました。
『わしはガゼルと言う。良ければ、そ、その、な……名前を呼んではくれぬか?』
『あら、貴方が暴竜ガゼルですか。噂よりも随分丸くなったようですわね』
『そ、それは。……若気の至りであった』
暴竜ガゼルって、あの伝説の?
皇国中の竜を圧倒的な力で蹂躙し、王になったと言う、あの伝説の竜ですか?
七百年ほど前の事ですので、事実だったとしても、てっきりもう寿命を迎えているかと思っておりましたが、まだ生きておりましたのね。
『妾は……今はぴぃといいます』
『ぴ、ぴぃ殿と呼んでも、その……かまわぬか?』
『かまいませんわ』
『ふぉぉぉぉぉぉっ!!!』
『……本当に、騒がしい竜ですわね』
ぴぃちゃんはそう言いますと、今度こそ目を閉じていつものように鳥籠で休み始めました。
「ぴぃちゃん、しゃべれたんだね」
ワーグナー様が驚いたようにおっしゃいましたが、そういえば、基本的にぴぃちゃんは休んでおりますので、ワーグナー様がいらしても、ちらりと視線を送るだけで、目の前で話したことはありませんでしたわね。
「ええ。不死鳥ですもの」
「そっか。本当に不死鳥なんだ」
わたくしはぴぃちゃんの本当の名前を知っていますが、ぴぃちゃんが生きていることが知れれば、幻獣界から追手がかけられるかもしれないという事で、表向きはぴぃちゃんと名付けました。
このように愛らしい朱色の鳥が、不死鳥のある一族の女帝だったなんて、誰も思いませんわよね。
以前、他国に請われて魔物討伐に向かった時、ぴぃちゃんもついてきて戦いましたが、その時も本来の力を出すことも、真の姿を見せることもありませんでしたわ。
一緒に戦った多くの魔導士が、あの時の姿がぴぃちゃんの本来の姿だと思っているようですが、あれでも大分手加減をしておりましたよね。
ぴぃちゃんは、怪我の治療のお礼に、不死鳥の家の娘であるわたくしを守ってくださると、契約してくださいました。
本当に、ありがたいことですわ。
「えっと、ガゼル様? ぴぃちゃんはお休みモードですし、そろそろお帰りになっては如何です?」
『わしもここに住む!』
「今何と?」
『竜の巣はベルムに任せればよいからの。あやつのことじゃ、わしが出た時点で察しがついているであろう。むしろ戻ったところで、ヘタレと嫌味を言ってくるに違いない』
竜の巣のパワーバランスってどうなっていますの?
『なに、あ奴ももうすぐ次の脱皮の時期。そうすれば、ベルムも金竜じゃ』
え、竜って脱皮でランクが上がりますの!?
『ぴぃ殿! その、……そ、そうじゃ! 椅子に! いや、止まり木にわしを使って欲しい! むしろ踏んでくれ!』
『……変態ですか? それに、不死鳥がお好きなのでしたら、妾でなくともよいのでしょう? そんな竜を傍に置く気にはなれませんわ』
いつの間にか目を開いていたぴぃちゃんが、冷たい目でガゼル様を見ています。
『ぴぃ殿だけに忠誠を捧げると、神竜に誓う!』
『あんな腹黒クソド変態に誓われても、信憑性に欠けますわね』
腹黒クソド変態って、神竜とはいったい……。
「皇族の象徴が、腹黒クソド変態……」
あ、流石のワーグナー様もショックを受けているようです。
「ワーグナー様、大丈夫ですか?」
「うん、なんとか」
「無理はなさいませんように」
「……あ、でも」
はっとしたように、ワーグナー様が目を輝かせます。
「竜がこの屋敷に住むなら、僕がこの屋敷に長期滞在しても、問題ないよね」
「ありまくりですわ。公務はどうしますの」
「通いでするから大丈夫だよ」
「警備の問題とか」
「ジュピタル公爵家以上に警備が万全な場所なんてないよ」
「そもそも、家主であるお父様の許可が下りておりませんし。皇帝陛下もお許しになっていません」
「説得してくるよ!」
ワーグナー様はそう言って、わたくしを抱き寄せて頬にキスをしてから、目にもとまらぬ速さで部屋を出て行きました。
本気でこの屋敷に住めるように、説得に行きましたわね、あれは。
『不死鳥の娘。ミレイアと申したな』
「ええ」
『これからよろしく頼むぞ』
あ、こちらはこちらで本気でここに住み着く気ですか。
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