心配でたまらない(他者視点)

「ミレイアはまだ帰ってきていないのか?」

「はい」

「そうか」


 ミレイアが竜の巣に行っている事を、ジュピタル公爵もヒスイも、心配することはないと言っていたけど、それでもやはり心配で、こうしてジュピタル公爵家に来てしまった。

 ジュピタル公爵家の者は、やはりミレイアの事を心配はしていないようだ。

 この公爵家で働いている者は、すべからく高い魔力を持った、魔導士だ。

 それも、ただ魔法を行使するだけの下級魔導士ではない。

 例え魔力を奪われようとも、武器で、時には素手で戦えるような、本気で戦闘を行えるよう訓練された、ジュピタル公爵家が認めた魔導士。

 魔導士の中でも、ジュピタル公爵家で主人に仕えることが出来ると言うのは、大変な名誉なことだと聞いている。

 実際に、使用人たちのジュピタル公爵やミレイアに対する忠誠心は、皇族に仕えている使用人に劣らない。

 僕も魔法も戦闘もそれなりに鍛え上げたけど、それでもミレイアには敵わない。

 稀代の魔導士。もしくは、聖女の生まれ変わり。それがミレイアの評価。

 彼の国を瘴気から、魔物から、疫病から、他国の侵略から守った『渡り人』の聖女。

 ジュピタル公爵家はその聖女の末裔だ。

 代々優れた魔導士を生み出し、育成して来た。


「僕は、ミレイアの役に立てるのかな」


 ぼそりと呟いた言葉に、傍に控えていた執事長がクスリと笑った。

 不敬だという事も出来たが、幼いころから知っている執事長に、そんな事を言う気は起きない。


「お嬢様は、そのお力からか、無茶苦茶な行動をとることがあります」

「そのようだね」

「私共はもう慣れてしまい、お嬢様なら大丈夫だと心配もしませんが。……純粋にお嬢様の事を心配なさる皇太子様や、皇族の方々は、お嬢様にとってかけがえのない存在です」

「心配するだけで?」

「まだまだ青いですね。自分を心配してくれる、一心に愛してくれる存在が、どれほど貴重かわかっていらっしゃらない」


 僕は皇族で、皇太子で、周囲から愛されるのも、期待されるのも、心配されるのも当然として育ってきている。

 だから、その当たり前をミレイアにしているだけなのに……。


「本当に、貴重なのですよ」


 しみじみと言う執事長に、僕は上手く笑いを返すことが出来ているかな?

 そんな事を考えていると、応接室の扉がノックされた。


「ミレイアです。入ってもよろしいですか?」


 その声に思わず立ち上がり、その際にテーブルに足が当たってしまい、重いはずのテーブルの位置が変わり、その上に乗っていたティーカップが倒れ、中の紅茶がテーブルの上に零れ広がり、床に落ちていく。

 ぶつけた足もズキズキと痛い。

 執事長はその光景に、軽く手を振った。

 気が付けばテーブルは元の位置に戻っており、零れたはずの紅茶も、倒れたティーカップも跡形もなく消えている。

 足の痛みも消えている。

 我が皇国には、ジュピタル公爵家に所属してついてきた者以外、ここまで出来る魔導士は生憎いない。

 執事長が扉を開けると、そこには戦闘用のドレスを身にまとったミレイアが居た。


「ようこそおいで下さいました、ワーグナー様」

「ミレイア! 心配したんだよ! 竜の巣に行ったと聞いた、怪我はないかい!?」


 僕の言葉に、ミレイアは目をぱちくりとさせ、その後ふんわりと微笑む。

 ああ! 僕のミレイアがこんなにもかわいい!


「何の問題もありませんわ。けれど、ご心配ありがとうございます。嬉しいですわ」


 少しだけ照れたように言うミレイアを、気が付いたら抱きしめていた。

 もうめちゃくちゃかわいい! 今すぐにでも連れ去りたい!


『ほう、そなたが竜の息子か』


 聞こえてきた声に、ミレイアの足元に目を向けると、金色の鱗に蝙蝠のような羽を持った、オオトカゲ? が居た。

 え、本当に何者? 魔物?


『我はこの国の竜の巣の長じゃ』

「は?」

「ぴぃちゃんに会いたいと言うので、連れてきましたの。流石に元の大きさのままですと大変ですので、縮めましたわ」


 あっさりと言うミレイアに、考えが追いつかない。

 とりあえず……。


「流石は僕のミレイアはすごいね♡」

「このぐらい出来なければ、ジュピタル公爵家の娘の名が廃りますわ」


 確かに執事長は顔色一つ変えてないけど、普通じゃないよ?

 うん、僕の自慢の婚約者で愛しい人には変わりないけど、やっぱり非常識な力だなぁ。

 僕もミレイアの夫になるんだし、頑張らなくちゃ!


「それにしても、ぴぃちゃんって、ミレイアが飼っている鳥だよね? それに会いにわざわざ?」

「はい」


 なんで?


「竜の巣の長は、無類の不死鳥好きだそうで」

「ん?」

「それで、ぴぃちゃんを一目でも見てみたいとおっしゃいましたので」

「え、あの鳥……不死鳥? え?」

「あら、言っていませんでしたか? ぴぃちゃんは十二歳の時に、わたくしが見つけて治療した不死鳥ですわ」


 不死鳥って、幻獣だよ? そんなほいほいいないよ!?


「どうやら、同族から怪我を負わされていたようで、少々全力で治療しましたら、懐かれましたの」

「へえ、そうなんだ」


 幻獣を治療って、前代未聞なんじゃ?

 まさに聖女の御業だよね?


「あ、このような格好で申し訳ありません。ワーグナー様がいらっしゃると聞いて、まずご挨拶しなくてはと、着替えもせずに来てしまいました」

「どんな格好でもミレイアは可愛いよ♡」

「ありがとうございます。では着替えてまいりますので、ワーグナー様は――」

「一緒にいくよ♡」

「……。まあ、着替えは衣装部屋でしますのでいいでしょう」


 ミレイアは軽く息を吐き出すと、執事長に視線だけで何かを指示して僕を連れて自室に戻る。

 通された部屋は、年頃の令嬢のように可愛らしく、というわけではない。

 どちらかと言えば落ち着いた、使い勝手のいい効率的にものが配置された部屋で、無駄なものはほとんどない。


「お帰りなさいませ、お嬢様」

「ええ。わたくしは着替えますので、ワーグナー様にお茶をお出しして」

「かしこまりました」


 ミレイアの専属メイドのカタリナに促されてソファーに座ると、音も無く紅茶が目の前に提供される。

 当たり前のようにしているけど、道具も何も使わずに、何もない空間から淹れたての紅茶の入ったカップを出すとか、つくづく非常識な家だよね。

 お茶を飲みながら部屋を見渡すと、この部屋で唯一の無駄なもの、というか、装飾というか、趣味の範囲だと思っていたのが、ミレイアの飼っている鳥の入っている鳥籠。

 確かに、鳥の大きさに対して鳥籠がだいぶ大きいし、扉は鍵をかけていないどころか開きっぱなしというよりも、取り払われているけど、おっとりしているのか、ミレイアに懐いているのか、鳥が鳥籠から出たところを見たことはない。

 朱色のあの鳥が、不死鳥?


『ふぉぉぉぉぉぉぉっ!!!』


 悲鳴にも似た声に発生源を見ると、オオトカゲ、じゃない、竜がプルプルと震えてぴぃちゃんを凝視している。


『不死鳥! 紛れもなく不死鳥! 生きてこの目で見ることが出来るとは!!!』


 歓喜に震えるこのオオトカゲ、本当に竜の巣の長?

 これが皇族の象徴とか、ちょっと泣けてくるかも。

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