竜の巣

「あらまあ」


 わたくしは、目の前に現れた生物を見て、一言そう声に出しました。

 現れた生物は、小さい、まあ、そうは言っても目算七メートルほどの大きさですが、竜でした。

 最近この周辺で魔物による被害が出ていると報告を受け、討伐に来たのですが、討伐も終えて帰還しようとした矢先に、まさか竜が現れるとは思いませんでしたわね。


「ひぃっ」

「に、逃げろっ」


 一緒に来ていた兵士や騎士の方々が悲鳴を上げます。

 あ、中には本気で逃げ出す人もいますね。


「お嬢、どうします?」

「そうですわね、どうしましょう? 瘴気に飲まれている様子はありませんし、迷子でしょうか?」


 ジュピタル公爵家に所属している魔導士は、わたくしの指示を待ちつつ、警戒態勢を取っています。

 現れた竜は、黒竜で目の色は紫。高位の龍ですね。


「あなた、言葉はわかりまして?」

『人間、我に攻撃をしないのか?』

「危害を加えられたわけではありませんし、迷子なのでしたら、住処までお送りいたしますよ?」

「竜と話してる……」

「そんな、竜が言葉を話すなんて、馬鹿なっ」


 わたくしが平然と竜と話しているのを見て、兵士や騎士の方々が目を見開いて驚いていますが、馴染みの魔導士達は気にしていませんわね。

 少しぐらい驚いてもいいのですけど……。

 そんな事を言えば、「こんな事でいちいち驚いていたら、お嬢についていけない」と言われるのですけどね!

 けれども、竜は基本的に我が家の管轄外です。

 我が家は不死鳥を冠しておりますし。

 あ、でも。竜は皇国の象徴でもありますので、皇族の一員になるわたくしも、無関係とは言えないのでしょうか。


『不死鳥の娘が、竜の息子に嫁入りをすると聞いた』

「はい。わたくしは皇太子であるワーグナー様に嫁ぎますわ」

『では、そなたを竜の巣に案内しよう』

「……今ですか?」

『当たり前だ』


 困りました、帰還してお父様や皇帝陛下に、今回の結果を報告しなければいけませんのに。

 でも、竜の巣も興味がありますね。


「……わかりました。ヒスイ」

「はっ」

「わたくしの代わりに、お父様と皇帝陛下に今回の討伐結果の報告をしてください」

「それは構いませんが、お嬢の事はそのまま説明してよろしいのですね?」

「もちろんですわ」

「承知しました」


 わたくしとの短いやり取りを終えると、ヒスイは視線を巡らせます。

 すぐさま魔導士達が転移魔法の準備を始めます。


「お、おい。皇太子妃様を置いて行くのか!?」

「おれ達は皇太子妃様の護衛でもあるんだぞ!」

「お嬢はこの中の誰よりも強いですよ」

「いや、でもさっきの戦闘だって、ほとんど戦ってなんかいなかっただろう!」

「当たり前です。あの程度の魔物、お嬢が出るまでもありません」

「は!?」

「それに、お嬢は結界を張ったり、治癒魔法を発動させたりしていました。現に、誰も怪我を残していないでしょう」

「いや、それはそう、だが……え?」

「それではお嬢、お先に失礼します」


 ヒスイの指示で一緒に討伐に来ていた方々が転移しました。

 そこで、改めて目の前の竜を見ます。

 竜にはランクがありまして、下から、黄色、緑、青、赤、黒、金、白銀となります。

同じ色の竜でも、その瞳の色でランクが別れており、赤、紫、金とランクが上がるのです。

 もっとも、白銀に金目の竜なんて、御伽噺に出てくる竜神レベルなのですけれどもね。

 金の竜も、この数百年は目撃されていないと聞きますし、目の前の黒竜は相当高位の竜のはずです。


『では、行くぞ。背中に乗れ』

「わかりました」


 軽く地面をけって黒竜の背中に飛び乗ります。


『戸惑わないのだな』

「危害を加えられそうになったら、ぶち殺すだけです」

『過激だな。流石は不死鳥の娘だ』


 そう言うと、黒竜は羽を羽ばたかせて飛び上がります。

 自分の魔法で空を飛ぶこともありますが、竜に運んでもらうのもいいですね。

 楽です。難点としては、自分の思い通りに飛べないという点でしょうか?

 ぐんぐん高度を上げていくので、当たり前のように保護結界を張ります。


『ほう。我が守護がなくとも気を失わぬのか』

「このぐらい出来ないようでは、ジュピタル公爵家の娘としての名が廃ります」

『では、もっと速度を上げる』

「どうぞ。振り落とされそうになったら、その鱗に爪を立ててでもしがみつきますので」


 わたくしがそう言いますと、ぐん、と速度も高度も上がります。

 空気が薄くなってきましたので、空気も周辺に生成しておきましょう。


 一時間ほど飛んでおりますと、高度が落ち、速度もゆっくりになっていきます。

 目的地付近に到着したのでしょうか?

 考えていると、水の中に突入していこうとしていますので、防水の結界を追加します。

 大きさと速度に反して、とぽん、と音を立てて水の中に入りますと、そのまま下に進んでいき、底がないのでは? と疑念を感じ始めたころ、不思議な事に、水が周囲からなくなりました。

 驚いて上を見ますと、水の塊が浮いています。

 魔法で湖を作っているのでしょうか?

 正直、竜の巣よりもそちらに俄然興味が湧いて来ました。


『ここが竜の巣だ』


 言われて下を見ると、確かに多くの色とりどりの竜がいます。

 卵もあるようですし、今は珍しいと言われている竜も、表に姿を現さないだけで、ちゃんと生息しているんですね。

 ゆっくりと降り立つと、わたくしに下りるように指示せず、そのまま巣の奥に入っていきます。


『長、言われた通り、不死鳥の娘を連れてきた』

『うむ』


 巣の奥に居たのは、金竜ではありませんか。

 現存していたんですね。

 黒竜に下りるように言われましたので、ぴょん、と背中からおりて、まじまじと金竜を見上げます。


『不死鳥の娘よ』

「はい」


 威厳たっぷりの、圧力を感じる声に臆さず返事を返します。


『甘いものは好きか? それともしょっぱいのか? 喉は乾いていないか?』

「はい?」

『いや、ここに人間が来るなど本当に久しぶりでな。じじいのもてなしでは不足かもしれんが、そなたは竜の息子の嫁になるのだ。今後は実家だと思って気楽に過ごしてほしい』


 たたずまいはどっしりしていますのに、声がもじもじとしています。

 先ほどまでの威圧感は何処に行きましたの!?


『ああ、そうじゃ。土産は何がよい? 流石に竜の卵は持たせることは出来ぬが……。竜玉などどうじゃ? 人間の世界では相当な価値があるのであろう?』

「え、ええ。竜玉は膨大な魔力がこもっておりますので、魔導士には喉から手が出るほどの物ですが……」

『そうか! 好きなだけ持っていくがよいぞ!』


 覚えがある、覚えがありますわこの感覚!


『長、不死鳥の娘が戸惑っている』

『むっ』

『不死鳥の娘、すまないな。長は不死鳥が大好きなのだ。だから、不死鳥の娘が竜の息子に嫁入りしてくると聞いて、不死鳥の娘を身内に出来ると、年甲斐もなくはしゃいでいるのだ』


 そんな気がしていましたわ!

 流石、皇国の象徴に使われるだけありますね、皇族の方にとてもよく似ていますわっ。


『ベルム、そんな恥ずかしい事をばらしてくれるな。……そ、それで不死鳥の娘よ。その、だな。ふ、不死鳥には会ったことはあるか?』

「あるというより、屋敷に帰れば、居ますわよ?」

『な! それは真か!』

「ええ、ぴぃちゃんは基本的にわたくしの部屋の、鳥籠の中で過ごしておりますもの」

『なっ、不死鳥を捕らえているのか!? そのようなこと、不死鳥の娘とはいえっ』

「鳥籠の鍵は開いておりますし、出入りは自由ですわ。けれど、ぴぃちゃんは温厚ですので、鳥籠の中でまったりしていることが多いのです」


 その代わり、怒ると怖いですが。


『そうか。しかし、ぴぃちゃん……。なんと可愛らしい名前なのじゃ!』


 巨大な金竜がくねくねと身もだえる姿は、出来れば見たくはありませんでしたわ。

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