お披露目の夜会

「皆の者、今夜はよく参加してくれた。皆も既に噂は聞いているだろうが、我が国に新しく公爵家が誕生した」


 夜会の開始の宣言をなさった後、続けざまに皇帝陛下がそう仰います。


「魔法に長けているジュピタル公爵の話は、聞いた者も多いだろう。近年、降りかかった災難もだ。ジュピタル公爵家は彼の国に見切りをつけ、我ら皇族が皇族に相応しい行いを続ける限り、皇国に忠誠を誓っている。皆も、今後はこの皇国の一員として出迎えてくれ。ジュピタル公爵、ミレイア、ここに」

「はっ」


 名前を呼ばれましたので、お父様とわたくしは陛下の方に進んでいきます。


「ジュピタル公爵、挨拶を」

「はい。只今ご紹介いただきました、ジュピタルにございます。新参者ではございますが、どうぞよろしくお願いいたします」


 簡潔に挨拶をし、頭を下げたお父様に習い、わたくしも優雅に礼をいたします。

 会場からは再び割れんばかりの拍手が響きます。


「そして、今夜はもう一つ発表がある。皇太子ワーグナーと、ミレイアは正式に婚約を結んだ。婚儀の準備も進められている。今後、ミレイアの事は皇族の一員、皇太子妃として扱う」


 皇帝陛下の言葉に、年頃の娘を持つ家を中心にざわつきました。

 まあ、そうなりますわよね。

 新参者のわたくしが、いきなり皇太子妃扱いですもの。


「わたくしは、ミレイアの事を実の娘のようにかわいがっています。皆様、ミレイアの事をよく支えてくださいね」


 皇妃陛下がしっかりと、わたくしの背後には自分が居るのだと主張なさいました。

 実際にはかわいがるを通り越して、溺愛ですけどね!

 わたくしに近づいてきたワーグナー様が、わたくしの腰に手を回し抱き寄せていらっしゃいました。


「ミレイアは僕の最愛の人だ。僕からもよろしく頼む」


 反論は許さないという圧を感じます。

 こんな時は、しっかり皇太子なさいますのね。当然ですけど。

 その後、夜会は自由行動となり、わたくしとお父様は、挨拶にいらっしゃる方々の対応に追われます。

 大半の方々は我が家の実力を知っているので好意的ですが、中にはやはり反感を覚えるてくる方々もいますね。

 特に、わたくしと同じ年頃の婚約者のいない娘を持つ家など、あからさまに悔しさをにじませています。


「この国に来たばかりなのに、皇族の方々と仲が良く、皇太子様の婚約者になれるなんて、羨ましいですわ。なにかの魔法なのですか?」


 ふと投げられたジャブに、わたくしは微笑みをもって返します。


「そうですわね、思考を操る魔法もございますが、なんでしたらご自身で体験してみますか?」

「まあ怖い。そんな事を平気で言える方が皇太子妃になるなんて、この皇国の先行きが不安ですわ」

「もちろん、相応の魔力があれば抵抗できましてよ? わたくしに対抗できるほどの魔力があれば、ですけれどね」

「っ……。魔力には長けていても、この国の淑女としての嗜みは備えていらっしゃるのかしら?」

「淑女教育は受けておりますわ」

「どうかしら? 彼の国の淑女教育なんて、たかが知れているのではなくて?」

「あら、わたくしに不足があるのだとしたら、皇太子様の婚約者だと、皇帝陛下も皇妃陛下も御認めにならないと思いますわよ? それとも、貴女の家は、お二人の決定に逆らうのですか?」

「まさかっ……。けれども、今後が楽しみですわ。せいぜい、努力あそばせ」

「もちろん、ワーグナー様を、ひいては皇国を支えるべく努力いたしますわ」


 にっこりと微笑んでそう言えば、絡んできた令嬢が黙ります。


「そういえば、貴女には婚約者はいらっしゃるの?」

「っ! なんだか気分が悪くなってきましたわ。これで失礼いたします」

「よろしければ治癒魔法をおかけしましょうか?」

「不要ですわっ」


 そう言って家族の方に、「休んできます」と言ってこの場を離れた令嬢を視線で追って、彼女を言い負かせたのだから、絡んでくる令嬢も簡単には現れないだろうと、心の中で結論付けます。

 なんせ、この国の侯爵家筆頭の令嬢で敵わないのですもの。

 公爵家の方は、既にワーグナー様が根回しをしておりますので、文句をつけてくることはないでしょうしね。

 さりげなく視線を流せば、わたくしの事を悔しそうに見ていらっしゃる令嬢はいますが、やはり先ほどの侯爵令嬢が言い負けたので、絡んでくる気配はありません。


 一通り挨拶の洗礼が終わりますと、待っていたかのようにワーグナー様が近づいていらっしゃいました。


「お疲れ様。はい、どうぞ」

「ありがとうございます」


 差し出されたグラスを受け取って、のどを潤します。


「ジュピタル公爵、どうだったい?」

「ドルトミール侯爵家、カダスタ伯爵家、ヴァンディム伯爵家、ロードメイル子爵家、アズバール子爵家、パルフォム男爵家、リャンバン男爵家、ダレン男爵家、と言う所ですね」

「ふーん。大体予想通りか」


 お父様とワーグナー様の言葉に、わたくしは聞こえないふりをしながらも、しっかりと聞き耳を立てます。


「まあ、まだ泳がせておくか」

「印はつけておきました」

「流石優秀だな」


 今お父様が上げた家は、他国と通じている気配や、皇国に反感を持っている可能性のある家ですわね。

 この国に対して、害意や敵意を持つ相手に反応する魔法を、お父様は事前に仕込んでいたようです。

 わかりやすく言えば、ジュピタル公爵のこの国での初仕事、というところでしょうか?


「それにしても、僕はてっきりミレイアの代わりの後継者を伴ってくると思ったんだけど?」

「それでしたら、皇帝陛下と話はついています」

「ん?」

「皇太子様とミレイアの子供の一人に、跡を継がせると。私が引退後は、その子供が爵位を継ぐまで、ミレイアが女公爵の肩書も持つことになります」


 初耳なのですが!?


「そうなんだ。まあ、皇族は多産の家系だし、がんばろうね、ミレイア」


 にっこりと微笑んでおっしゃっている姿はお美しいですが、産むのはわたくしなのですよ!?


「最初は女の子かな? 男の子かな?」

「気が早いですわ」


 あ、いえ。皇族なのですし、側妃を持つことだって……。


「先に言っておくけど、父上と同じで、僕は側妃を持つ気はないから」

「ソウデスカ」


 わずかな救いの光が、音を立てて崩れていくのを感じました。

 多産というのは、女性であれば子供が出来やすいで済みますが、男性の場合、絶倫と同意義では?

 え、本当にわたくし一人でお相手しますの? わたくしが一人で産みますの?

 けれども、皇妃陛下も五人のお子様がいらっしゃいますし……。

 マジですか? 身が持たないような未来が見えるのですけど?

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